大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所八王子支部 昭和57年(ワ)1253号 判決

《目次》

主文

事実

第一 当事者の求めた裁判

一 請求の趣旨

二 請求の趣旨に対する答弁

第二 当事者の主張

第三 証拠〈省略〉

理由

第一主位的及び予備的差止請求にかかる訴えの適否

一はじめに

二主位的差止請求にかかる訴えの適否

三予備的差止請求にかかる訴えの適否

第二損害賠償請求にかかる訴えの適否

一はじめに

二統治行為(政治問題)

三一部請求

四一律請求

第三適用法令

一はじめに

二民特法

三国賠法

第四人格権及び環境権

一はじめに

二人格権

三環境権

四結び

第五消滅時効

第六侵害行為

一はじめに

二横田飛行場の沿革と現況

三原告らの居住関係

四飛行騒音

五地上音

六暗騒音

七振動

八排気ガス

九墜落、落下物事故等の危険

第七被害

一はじめに

二睡眠妨害

三心理的、情緒的被害

四身体的被害

1 難聴、耳鳴り

2 その他の健康被害

五日常生活の妨害

六その余の被害

七結び

第八騒音対策

一はじめに

二周辺対策

三音源対策

四結び

第九受忍限度

一はじめに

二環境基準及び各国の規制の状況等

三公共性

四地域性、先(後)住関係及び危険への接近

五損害回避のために被告が講じた措置(騒音対策)

六本件における受忍限度

第一〇被告の責任

第一一慰謝料

第一二電気料相当損害金

第一三将来の損害賠償請求

第一四結論

略語表

本判決理由中に使用する略語は、次のとおりである。

日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約――安保条約

日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定――地位協定

日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定及び日本国における国際連合の軍隊の地位に関する協定の実施に伴う航空法の特例に関する法律――航空特例法

防衛施設周辺の生活環境の整備等に関する法律――生活環境整備法

日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う民事特別法――民特法

国家賠償法――国賠法

当庁昭和五一年(ワ)第四〇五号、同五二年(ワ)第一三五六号事件(控訴審 東京高等裁判所昭和五六年(ネ)第一七九一号、同年(ネ)第二二七五号事件)――第一、二次訴訟

日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基づく行政協定――行政協定

WECPNL(Weighted Equivalent Continuous Perceived Noise Levelの略)値――W値

防衛施設周辺の整備等に関する法律――周辺整備法

日本国に駐留するアメリカ合衆国軍隊等の行為による特別損失の補償に関する法律――特損法

原告

角 谷 信 行

外六〇四名

原告ら訴訟代理人弁護士

金 川 金 寿

外二七名

原告角谷信行訴訟代理人弁護士

佐 川 京 子

外六名

被告

右代表者法務大臣

高 辻 正 己

右訴訟代理人弁護士

藤 堂   裕

右指定代理人

三 木 勇 次

外一六名

主文

一  本件主位的及び予備的差止請求並びに原告らの昭和六三年六月二四日以降に生ずべき慰謝料等損害金及び別紙電気料相当損害金請求債権目録記載の原告らの同日以降に生ずべき電気料等損害金の支払請求にかかる訴えをいずれも却下する。

二  被告は、原告福本道夫、同松本スエ及び同松本件治郎を除く各原告に対し、別紙損害金目録対象期間欄記載の期間につき一か月あたり同目録合計額欄記載の金員及びこのうち昭和五七年一〇月二〇日までに生じた分の合計額に対しては同月二一日から、同月二一日から昭和六三年六月二三日までに生じた各月分に対してはそれぞれ発生月の翌月一日から、各支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告福本道夫、同松本スエ及び同松本件治郎の請求、右原告三名を除く原告らのその余の慰謝料等損害金請求並びに別紙電気料相当損害金請求債権目録記載の原告らの昭和六三年六月二三日以前に生じた電気料等損害金請求は、いずれも棄却する。

四  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの連帯負担とし、その一を被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1(主位的差止請求)

被告は、アメリカ合衆国軍隊をして、毎日午後九時から翌日午前七時までの間、在日米軍横田飛行場を一切の航空機の離着陸に使用させてはならず、かつ、同飛行場から原告らの居住地にエンジンテスト音、航空機誘導音等五五ホン以上の騒音を到達させてはならない。

2(予備的差止請求)

被告は、原告らに対し、毎日午後九時から翌日午前七時までの間、原告ら居住家屋内に、横田飛行場から五五デシベル(C)を超えるエンジンテスト音及び航空機誘導音並びに同飛行場に離着陸する航空機から発する五〇デシベル(A)を超える飛行音を到達させてはならない。

3 被告は、原告ら各自に対し、金二八七万五〇〇〇円及びこれに対する昭和五七年一〇月二一日から支払いずみまで年五分の割合による金員並びに同日から前記主位的差止請求記載の航空機の離着陸及び騒音がなくなり、かつ、その余の時間帯において同飛行場の使用により原告らの居住地に六〇ホンを超える一切の航空機騒音が到達しなくなるまで、一か月金三万五〇〇〇円の割合による金員及びこれに対する当該月の翌月一日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

4 被告は、別紙電気料相当損害金請求債権目録記載の原告らに対し、同目録(一)記載の金員及びこれに対する昭和六三年六月一日から支払いずみまで年五分の割合による金員並びに同日から前記主位的差止請求記載の航空機の離着陸及び騒音がなくなり、かつ、その余の時間帯において同飛行場の使用により原告らの居住地に六〇ホンを超える一切の航空機騒音が到達しなくなるまで、それぞれ昭和六四年以降毎年五月末日限り一年につき同目録(二)記載の割合による金員及びこれに対する当該年の六月一日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

5 訴訟費用は被告の負担とする。

6 第3項につき仮執行宣言

(ただし、第1、2項の差止請求及び第3項のうち昭和六三年六月二四日以降の損害賠償請求については、原告齋藤信栄、同齋藤昭信、同齋藤芳子、同齋藤昭治、同松本スエ、同松本件治郎、同板倉豊、同板倉智枝、同板倉昇及び同板倉進を除く)

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前の申立て)

1 本件訴えをいずれも却下する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

(本案に対する答弁)

1 原告らの請求はいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

3 請求の趣旨第4項につき仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

当事者双方の事実上、法律上の主張は、別冊「原告らの主張」及び「被告の主張」記載のとおりである。

第三  証拠〈省略〉

理由

第一主位的及び予備的差止請求にかかる訴えの適否

一はじめに

まず、主位的及び予備的差止請求にかかる訴えの適法性について判断するが、原告らの主張からは、その内容や相互の関係等は必ずしも明らかとはいい難いが、主位的差止請求は、原告らの人格権及び環境権に対する侵害を除去するため、被告が米軍に対し横田飛行場を夜間航空機の離着陸や騒音発生行為に使用することを禁止すること、被告が米軍に対し横田飛行場の使用に制約、制限を加えること、被告が米軍またはアメリカ合衆国に対し何らかの行動に出ることを包括的に求めるものであり、予備的差止請求は、被告が米軍に対する外交交渉その他一切の働きかけや被告独自でとり得る方策などあらゆる手段、方法により夜間、早朝における一定限度以上の騒音の原告ら居住家屋内への到達の差止めを求めるものということにあると解される。

したがって、主位的及び予備的差止請求にかかる訴えの内容や性質、相互の関係については、右原告ら主張のようなものであることを前提として検討する。

二主位的差止請求にかかる訴えの適否

1  本件主位的差止請求は、被告に対し米軍をして毎日午後九時から翌日午前七時までの間横田飛行場を一切の航空機の発着に使用させてはならず、かつ、同飛行場から原告らの居住地にエンジンテスト音、航空機誘導音等による五五ホン以上の騒音を到達させてはならないとするものであり、これを実現するために、被告が米軍に対し横田飛行場を夜間航空機の離着陸や騒音発生行為に使用することを禁止すること、被告が米軍に対し横田飛行場の使用に制約、制限を加えること、被告が米軍またはアメリカ合衆国に対し何らかの行動に出ることを包括的に求めるものである。

2  このうち、被告が米軍に対し横田飛行場を夜間航空機の離着陸や騒音発生行為に使用することを禁止したり、被告が米軍に対し横田飛行場の使用に制約、制限を加えたりすることについていえば、被告がこのような差止請求訴訟の被告となり得るためには、被告が横田飛行場の管理権を有し、米軍による横田飛行場の使用を一方的に制限し、これに制約を加え得る地位になければならないというべきである。

そこで、この点について判断するに、我が国における米軍施設の使用関係は、安保条約及び地位協定に規定されている。すなわち、安保条約六条は「日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される。」、地位協定二条一項(a)は「合衆国は、相互協力及び安全保障条約第六条の規定に基づき、日本国内の施設及び区域の使用を許される。」とそれぞれ規定し、これらの条項に基づいてアメリカ合衆国に使用が許される施設等の管理に関しては、地位協定三条一項が「合衆国は、施設及び区域内において、それらの設定、運営、警護及び管理のため必要なすべての措置を執ることができる。」と定めているのである。

さらに、航空法との関係においては、航空特例法の制定により、航空機の運航に関する航空法第六章の規定のうち、運輸大臣の航空交通の指示(同法九六条)、飛行計画及びその承認(同法九七条)、到着の通知(同法九八条)を除くその余の事項など米軍機に関する航空法の適用除外事項が定められているほか、地位協定六条一項に基づく日米合同委員会において、航空交通管制業務も基本的に米軍が行う旨の合意がなされているのである(この事実は、弁論の全趣旨によって認めることができる。)。

横田飛行場も我が国における米軍施設であるから、その使用関係に関しては、右に述べたことが当然に妥当する。さらに、横田飛行場に関する管制業務は米軍が行うものとされ、横田飛行場内の離着陸管制、横田飛行場の管制圏及び進入管制区内の航行については、米軍機のみならず我が国の民間機をも含めてすべて米軍がこれを管制し、これから離脱したり、これに進入したりする場合には、運輸省の航空路管制と管制の引継ぎを行うものとされていること(この事実は、弁論の全趣旨によって認めることができる。)を考えれば、横田飛行場がアメリカ合衆国に提供されてその管理、使用に委ねられ、また、横田飛行場に関する管制業務を行う権限が米軍に付与された結果、横田飛行場は、アメリカ合衆国が専権的にこれを管理、運営するに至り、被告はこれを管理する権限を有しないものというべきである。

したがって、被告には、横田飛行場の運営に関する管理権がなく、米軍の横田飛行場使用を一方的に制限したり、これに制約を加えたりする地位を有しないというべきであるから、右のような差止請求訴訟の被告適格を欠くといわなければならない。

次に、被告が米軍またはアメリカ合衆国に対し何らかの行動に出ることを求めるとする点についていえば、その内容は、結局のところ、被告に対して日米合同委員会の開催や協議あるいは日米両国政府間における外交交渉等の行政権の発動を求めることに帰するというほかないのであるから、このような請求を通常の民事訴訟において行うことは許されないといわなければならない。

4  以上のとおり、本件主位的差止請求にかかる訴えは、あるいは被告適格を欠き、あるいは本件訴訟のような通常の民事訴訟で訴求することが許されないことをその内容とするものであるから、不適法であり、却下を免れない。

5  これに対し、原告らは、被告が周辺の民有地の買収や借上げ等横田飛行場の拡張や施設等の建設に加担し、その機能強化に協力してきたこと、被告が着陸料や課徴金、租税の免除、公共役務利用の優先権の付与等米軍に種々の便益や特権を供与してきたこと、被告が米軍の横田飛行場への出入りや飛行に積極的に協力してきたことをもって、被告がその支配する事実によって侵害状態を生ぜしめていることになるとして、被告に本件主位的差止請求訴訟の被告適格があると主張する。

しかしながら、仮に原告らが主張するような事実があったとしても、それはいずれも安保条約及び地位協定で定められた被告のアメリカ合衆国に対する条約上の義務の履行として、あるいは被告がアメリカ合衆国に対して横田飛行場を軍事飛行場として提供した目的を達するために、日米合同委員会の協議等における合意事項の履行として、それぞれ実施された措置というべきであって、これらの事実関係から直ちに被告の横田飛行場に対する管理権があるとすることはできないというべきである(仮に、原告らの主張のように被告に本件主位的差止請求訴訟の被告適格があるとすれば、被告に対して右各義務の不履行をもって強制し得ることになるが、これが不当であることは明らかであろう。)。

三予備的差止請求にかかる訴えの適否

1  本件予備的差止請求は、包括的不作為請求として、被告に対し毎日午後九時から翌日午前七時までの間原告ら居住家屋内に横田飛行場から五五デシベル(C)を超えるエンジンテスト音及び航空機誘導音並びに同飛行場に離着陸する航空機から発する五〇デシベル(A)を超える飛行音を到達させてはならないとするものである。

しかしながら、原告らは、その請求の趣旨において、被告が講ずべき措置を具体的に特定することなく、被告が米軍に対する外交交渉その他一切の働きかけや被告独自でとり得る方策などあらゆる手段、方法により、結果的に原告らの居住家屋内に夜間、早朝における一定限度以上の騒音の到達の防止を求め、そのための方策は被告の選択に委ねるとしているのであるから、詰まるところ、被告に対し、騒音が原告らの居住家屋内に到達することを防止するために考え得るあらゆる作為を行うことを求めているものというべきである。

2  そこで、このような請求の趣旨が特定性の要件を満たすか否かについて判断するに、訴訟において請求の趣旨の特定が要求されるのは、請求の趣旨によって特定された訴訟物が審判の対象となり、当事者による攻撃、防御の主題となるのみならず、それが判決の既判力や二重起訴の範囲を画するというその機能の重要性を考慮したものであり、また、執行機関が特別な解釈を行うことなく迅速に執行できるように配慮したためである。

しかるに、本件予備的差止請求は、実質的には被告に対する作為を求めるものであり、その対象地域は、後述するとおり、広大な地域を占める横田飛行場にかかわるものとして、極めて広い範囲にわたるうえ、その手段も多種多様のものが考えられるのであって、この訴訟の性質や内容それ自体から合理的解釈によって請求の内容を実現するための具体的な手段、方法を一義的に明らかにすることができないのである。そして、このような場合には、前記民事訴訟の本質的構造に反するばかりでなく、被告側に与える不利益も大きく、公平を失するものといわなければならない。

ことに、原告らが本件予備的差止請求で求めているのは、被告が米軍に対する外交交渉その他一切の働きかけや被告独自でとり得る方策などあらゆる手段、方法の実施というのであるが、このうち現在及び近い将来において原告らの求める状態を完全に実現させるための最も効果的かつ現実的には唯一可能な方策であると考えられる米軍に対する外交交渉その他一切の働きかけを求める点は、本件主位的差止請求に関して判示したとおり、被告に対して行政権の発動を求めるもので、通常の民事訴訟において訴求することは許されないものである。ところが、原告らの主張に従えば、このような訴えすらも民事訴訟で訴求することができることになってしまい、その不当性は一層顕著である。

したがって、原告らは、本件予備的差止請求において、被告が講ずべき方策を具体的に特定、明示していないのであるから、本件予備的差止請求は、請求の趣旨の特定を欠く不適法な訴えといわざるを得ない。

3  これに対し、原告らは、公害訴訟という本件訴訟の特殊性を強調し、また、執行にあたっては間接強制が可能であるから不都合はないと主張する。

しかしながら、請求の趣旨の特定の要請は、右に述べたとおり、民事訴訟の本質に由来するものであるから、公害訴訟の特殊性や間接強制が可能であることを理由に、これに反することは許されないというべきであり、原告らの右主張は採用しない。

4  なお、原告らは、本件予備的差止請求が生活環境整備法に基づく防音林等の設置や民家防音工事を請求するものとも受け取れる趣旨の主張をしているので、この点についても付加して判断をする。

生活環境整備法は、防衛施設周辺における関係住民の生活の安定及び福祉の向上に寄与するために、被告に対し、障害防止工事、住宅防音工事の助成や移転補償、緑地帯の整備、損失補償等種々の措置を実施することを義務付けたものである。このうち、損失補償に関してはともかく、その余の生活環境の整備は、「予算の範囲内において」行うこととされていること(同法三条、五条等)からも窺えるように、被告に対する行政上の義務にとどまるというべきであり、関係住民にこれに対応する私法上の請求権を与えたものと解することは困難である。

したがって、原告らには、右各法条に基づき、被告に対する生活環境整備法所定の防音林等の設置や民家防音工事を請求する私法上の権利はないというべきであるから、仮に本件予備的差止請求が生活環境整備法に基づく防音林等の設置や民家防音工事を請求する趣旨を含むものであったとしても、そのような請求は許されない。

第二損害賠償請求にかかる訴えの適否

一はじめに

本件損害賠償請求にかかる訴えは、原告らの慰謝料及び弁護士費用並びに別紙電気料相当損害金請求債権目録記載の原告らの電気料相当損害金の各請求をその内容としているが、いずれも本件口頭弁論終結の日である昭和六三年六月二三日(この事実は、本件記録上明らかである。)の翌日以降の分の請求をも含むものである。

そこで、以下その適法性を判断するにあたっては、同日までの過去の損害の賠償を求める分と同月二四日以降の将来の損害の賠償を求める分とに分けて検討することとするが、ここでは過去の損害賠償請求の適否についてのみ触れ、将来の損害賠償請求については後に判断する。

ところで、被告は、本件過去の損害賠償請求にかかる訴えが統治行為(政治問題)に該当すること、過去の慰謝料請求にかかる訴えがその範囲を特定しない内金請求であり、かつ原告らの請求する慰謝料額が一律であることを理由に、これらの訴えが不適法であり、却下されるべきであると主張しているので、以下これらの点につき、順次検討する。

二統治行為(政治問題)

1  被告は、原告らの損害賠償請求の当否を検討するにあたっては、その前提として横田飛行場を米軍が使用することの適否及びその使用方法の適否等についての判断を避けることができず、そのためにはさらに米軍による横田飛行場使用の根拠法規である安保条約及び地位協定等の適否やアメリカ合衆国の極東における軍事力の配備、我が国の防衛力の配備の適否についても判断せざるを得ないのであるが、これらの事柄はアメリカ合衆国や我が国が高度な政治的、専門的判断のもとに独自に決定すべき統治行為(政治問題)であり、我が国の司法裁判所の判断事項には属しない旨を主張する。

2  しかしながら、原告らの損害賠償請求は、米軍の横田飛行場使用に伴って発生する航空機騒音等が原告らの人格権及び環境権を侵害し、あるいは電気料金の負担を強いていることに基づくものなのであるから、その当否を検討するにあたって判断すべき事項は、侵害行為とされる航空機騒音等の有無やその程度、原告らにおける被害の発生、侵害行為と被害との間の因果関係の有無等の客観的な事実関係に限られるのであって、被告が主張するように、米軍による横田飛行場使用の根拠法規である安保条約及び地位協定等の適否やアメリカ合衆国の極東における軍事力の配備、我が国の防衛力の配備の適否等の問題に立ち入る必要は全くない。

そして、仮に、米軍の横田飛行場使用に伴って発生する航空機騒音等が違法な侵害行為であると判断されたとしても、このことから直ちに安保条約及び地位協定等米軍の横田飛行場使用の根拠法規が違法であると判断したことにはならないことは勿論、このことがアメリカ合衆国の極東における軍事力の配備、我が国の防衛力の配備を違法視するものでもないことはいうまでもない。

3  以上要するに、米軍による横田飛行場使用の根拠法規である安保条約及び地位協定等の適否やアメリカ合衆国の極東における軍事力の配備、我が国の防衛力の配備の適否の問題と米軍による横田飛行場の使用に伴って発生する航空機騒音等が違法な侵害行為と認められるか否かの問題とは次元を異にする別個の事柄であるというべきところ、本件損害賠償請求訴訟は後者にかかわるものであって、その請求の当否の判断においては、安保条約の効力等に触れる必要はないのであるから、これらの問題についての判断が不可避であるとする被告の前記主張は、その前提自体が誤りであるといわなければならない。

よって、被告の統治行為(政治問題)の主張は採用しない。

三一部請求

1  被告は、損害金の一部請求の場合には既判力、過失相殺、消滅時効等の関係から、それがいかなる範囲の損害金の一部であるかを特定すべきであり、本件過去の慰謝料請求にかかる訴えについてもこれを履行期によって特定することが可能であるにもかかわらず、原告らはただ単に内金として請求すると述べるだけでその範囲を特定しないのであるから、右訴えは不適法であると主張する。

2  確かに、原告らは、過去の慰謝料に関しては、本件訴状送達の日である昭和五七年一〇月二〇日(この事実は、本件記録上明らかである。)までの分として各自二五〇万円を、同月二一日以降の分として一か月各自三万円を、それぞれ内金として支払いを請求しながら、その時期的範囲については明確に主張していないのではあるが、二五〇万円は同月二〇日以前の分、三万円は同月二一日以降一か月毎に対応する分であることは、右の主張から明らかであり、少なくとも同月二一日以降の分に関しては期間による特定がなされているものということができる。そして、同月二〇日以前の分についても、原告らが各自合計二五〇万円の支払いを請求していることから合理的に解釈すれば、たとえその慰謝料請求権の一部が消滅時効にかかるとしても、二五〇万円あるいはできるだけこれに近い金額を請求する趣旨であるとするのが相当であるから、右二五〇万円は、同月二〇日から遡りその金額が合計二五〇万円に満つるまでの期間に対応する分であると解すべきである。

3  以上のとおり、原告らの請求する過去の慰謝料は、その主張を合理的に解釈すれば、対象となる期間の時期的範囲についての特定がなされているというべきであり、既判力や過失相殺、消滅時効等の関係において特段の不都合が生じるものとは考えられないから、その請求にかかる訴えが不適法であるとすることはできない。

したがって、被告の右主張は採用しない。

四一律請求

被告は、仮に原告らが損害を被っているとしてもその内容は原告ら各自の個別的事情により異なるはずであるにもかかわらず、本件においては一律の額の慰謝料を請求しているから、その請求にかかる訴えは不適法であると主張する。

しかしながら、原告らの慰謝料請求は、原告ら各自が異なった損害を被っていることを否定するものではないが、そのうち原告ら全員に共通して生じていると認められる性質、程度の限度において、これを原告ら全員に共通する損害としてとらえ、これに対する賠償を求めるものというのであるから、被告の右主張は、その前提を誤ったものであり、採用できない。

第三適用法令

一はじめに

原告らは、損害賠償請求についての適用法条として、民特法一、二条及び国賠法一条一項、二条一項を挙げて主張しているので、この点について判断する。

二民特法

1  まず、民特法二条について検討するに、同条にいう土地の工作物その他の物件の設置または管理の瑕疵とは、国賠法二条一項におけるのと同様に、当該物件を構成する物的施設自体に存する物理的、外形的な欠陥ないし不備によって他人に危害を生ぜしめる危険性がある場合のみならず、その物件が供用目的に沿って利用されることとの関連において他人に危害を生ぜしめる危険性がある場合をも含み、また、その危害は、当該物件の利用者に対してのみならず、利用者以外の第三者に対するそれをも含むものと解すべきである(最高裁昭和五六年一二月一六日判決 民集三五巻一〇号一三六九頁参照)。

そして、原告らの主張によれば、横田飛行場に離着陸する米軍機の発する航空機騒音等によって原告ら周辺住民は被害を被っているが、それは、横田飛行場が多数の住民が居住する地域に極めて接近しているなどその立地条件が劣悪であり、これに大型ジェット機を中心とした大量の航空機を離着陸させることにより、周辺住民に騒音等による被害を与えることが避け難い状況にあるにもかかわらず、これを管理する米軍が被害の発生を防止するに足る特段の措置を講じないままに横田飛行場を大型ジェット機等大量の航空機の離着陸に使用してきたことに起因するというのである。

このような事実主張を前提とした場合、前記民特法二条の解釈に照らして、横田飛行場の設置、管理の瑕疵の有無が問題になるということができるし、また、横田飛行場が同条にいう合衆国軍隊の管理する土地の工作物に該当することは、前記主位的差止請求にかかる訴えの適法性について判示したとおりであるから、本件は、同条の適用による損害賠償責任の存否を判断すべき場合に該るということができる。

2  次に、民特法一条の適用の可否についてであるが、原告らは、航空機騒音等の侵害行為が同条にいう米軍の構成員がその職務を行うについて加えたものであることを理由に同条の適用を求め、この場合米軍機の飛行に関与した個人を特定する必要はないと主張する。

しかしながら、本件紛争は、前記のとおり、横田飛行場が多数の住民が居住する地域に極めて接近しているなどその立地条件が劣悪であることに起因するものとされているのであるから、民特法二条により端的にその設置、管理の瑕疵に対する責任を追及するのが最も良く実態に合致した解決方法であると考えられるうえ、民特法一条の適用にあたっては、米軍のどのような行為をもって違法行為とするのか(米軍の防衛計画それ自体か、それとも個々の飛行計画の定立あるいは操縦士による運航行為等そのものかなど)という点やその場合の故意、過失の根拠についての特定が不十分である(原告ら主張のように、個々の行為者の特定までは必要でないとしても、どのような行為をもって故意、過失ある違法行為とするのかという点についての特定は不可欠である。)し、また、仮に操縦士による運航行為等そのものを違法行為とするのであれば、さらにその適否が問題となるなど多くの解決すべき点があるにもかかわらず、原告らは、これを明確にしていないのであるから、本件に民特法一条を適用することは困難であるといわなければならない。

三国賠法

原告らは、被告が米軍に横田飛行場を提供し、その機能強化に協力してきたうえ、原告らが被っている被害を軽減すべき措置を講ずることを怠ってきたことを理由に国賠法一条一項が、横田飛行場が国賠法二条一項にいう公の営造物に該ることを理由に右各条項が、それぞれ本件に適用されるべきであると主張する。

しかしながら、横田飛行場を提供したり、その拡張に協力したりすることと、提供、拡張された飛行場をどのように使用するかということとは別個の問題というべきであるから、被告が横田飛行場を提供したり、その拡張に協力したりすることが直ちに原告らに対する侵害行為になるとすることはできないし、また、原告らが被っている被害を軽減すべき措置を講ずることを怠ってきたという点についても、被告がどのような行為を怠ったことが違法であるのかが明らかにされていないのである。さらに、前記認定のとおり、被告は横田飛行場の管理権や米軍機の運航に関与する権限を有しないのであるから、横田飛行場は、国賠法二条一項の公の営造物には該当しないというべきである。

よって、本件には、国賠法一条一項、二条一項が適用される余地はない。

第四人格権及び環境権

一はじめに

原告らは、慰謝料請求の理由として、航空機騒音等による原告らの人格権及び環境権の侵害を主張しているので、まず、人格権及び環境権の権利性について検討する。

二人格権

1  人が生存していくにあたって、生命、身体の安全や精神的自由が保護されなければならないことは当然の事理に属する事柄であり、また、平穏で人たるに値する生活を営むことが必要不可欠であることはいうまでもなく、個人の基本的人権の尊重に至上の価値を置く我が法体系においては、これらの諸利益が法的保護の対象とされ、私法上の権利性が付与されているものというべきである。そして、このことは、民法七一〇条が人の生命、身体、名誉を不法行為の保護法益としていることからも根拠づけることができるのであるが、その根本の目的は、人が人たるに値する生活を営むことを保障することにあるというべきであるから、私法上の権利とされるのは右生命、身体や名誉にとどまるものではなく、人の生活上の利益全般にわたるものと解するのが相当である。

したがって、人たるに値する生活を営むために不可欠な人格的利益の総和であるとする原告らの人格権の主張は、これを肯認することができる。

2  もっとも、人たるに値する生活を営むために不可欠な人格的利益といっても、これには生命、身体、精神的自由等右人格的利益の中核に位置すべき重大なものから日常生活における快適な生活利益すなわち不便のないことや迷惑を受けないことといった軽微なものに至るものまで、多種多様かつ様々な程度のものが含まれるということができるのであるが、そのすべてが法的保護の対象となり、その侵害に対して慰謝料請求権が発生すると解することができないのは当然である。

そこで、どのような種類、程度の被害がこれに該当するかの判断を要することとなるが、少なくとも原告らが主張する睡眠防害、身体的被害や心理的、情緒的被害はこれに含まれるというべきである。そして、その余の被害については、後に具体的事実との関連において検討することとする。

三環境権

1  原告らが主張する環境権は、良き生活環境を享受し、かつこれを支配する権利であるということであるが、このような権利は実定法上の明文の根拠が皆無であるのみならず、その要件や効果、権利の帰属主体等が明確でないなど権利として未成熟であり、その権利性につき未だ一般社会の法的確信が形成されたとはいい難いというべきであるから、その主張をそのまま承認することはできない。

2  なお、損害賠償請求にかかる不法行為上の被侵害利益は、必ずしも権利性を有することは必要でなく、法的保護に値するものであることをもって足りるというべきであるから、原告ら主張の環境権の権利性が否定されてもなお、その主張にかかる良き生活環境を享受し、これを支配することが法的保護に値する利益といえるか否かについては、さらに検討を加える必要はある。

ところで、原告らが主張する人格権と環境権との関係は必ずしも明確ではないが、本件においては、その主張から判断する限り、同一の事象を異なる観点から評価したに過ぎないものと解することができる。すなわち、航空機騒音等による環境の悪化それ自体を客観的にとらえて環境権の侵害であると主張し、原告らがそのような劣悪な環境のもとでの生活を余儀なくされていることが人格権の侵害であると主張しているのである。

したがって、仮に原告ら主張の環境を享受、支配することに対する侵害が不法行為を構成することがあるとしても、右のとおり、これにより原告らの被っているとされる損害は、人格権の侵害の問題として把握することができ、このような構成によっても十分に原告らの保護をはかることができるのであるから、これをさらに環境利益の侵害の問題として検討する必要はないというべきである。

四結び

以上のとおり、原告らが主張する人格権についてはこれを私法上の権利として承認することができるが、環境権についてはその権利性を認めることはできないし、また、本件を原告らの環境を享受、支配する利益に対する侵害として構成することも必要ではない。

第五消滅時効

一被告は、原告らの慰謝料及び弁護士費用請求権並びに別紙電気料相当損害金請求債権目録記載の原告らの電気料相当損害金請求権について、昭和六三年六月二三日の本件第二五回口頭弁論期日において、三年の短期消滅時効を援用し(この事実は、本件記録上明らかである。)、本件訴え提起の日である昭和五七年七月二一日から三年以前の損害についての請求権は時効によって消滅したと主張するので、その当否について判断する。

二原告らの主張によれば、原告らが被っている損害は、航空機の運航やエンジンテスト等米軍による横田飛行場使用に伴って発生する航空機騒音、振動、排気ガス等によって惹起されたというものであるが、このような侵害行為は日々新たに生じているというべきであるから、これに対応する慰謝料請求権もまた、日々新たに発生し、それぞれ別個に消滅時効が進行すると解するのが相当である。

三そこで、その起算点について検討するが、民法七二四条によれば、三年の短期消滅時効の起算点は、原告らまたはその法定代理人が「損害及ヒ加害者ヲ知リタル時」とするものとされているが(原告らの慰謝料及び弁護士費用請求並びに別紙請求債権目録記載の原告らの電気料相当損害金請求は、民特法に基づくものであるが、そのような請求についても民法七二四条の適用があることはいうまでもない。)、本件における三年の短期消滅時効の起算点は、昭和五二年一一月一七日とするのが相当である。すなわち、消滅時効の起算点である「損害及ヒ加害者ヲ知リタル時」とは不法行為を原因として損害賠償を訴求し得ることを知ったときと解すべきところ、航空機の運航やエンジンテスト等米軍による横田飛行場使用に伴って発生する航空機騒音、振動、排気ガス等によって人格権及び環境権を侵害されたことを理由に、横田飛行場周辺住民が国に対して横田飛行場における夜間の飛行差止めや慰謝料の支払等を請求して、昭和五一年四月二八日及び昭和五二年一一月一七日に二つの訴え(第一、二次訴訟)を提起しているのであるが、これらの訴えはいずれも本件とほぼ事案を同じくするうえ、その原告の多くは本件における原告らの家族であり、また、これらの訴訟の提起に先立って「横田基地公害訴訟団」が結成されたり、周辺住民を対象とする被害調査の実施や住民による意見交換が行われたりしている(第二次訴訟提起の事実は当裁判所に顕著であり、その余の各事実は原告らの自認するところである。)のであるから、原告らは、遅くとも第二次訴訟が提起された昭和五二年一一月一七日には「損害及ヒ加害者ヲ知」ったとするのが相当であるからである。

四そうすると、原告らが主張するような慰謝料請求権が仮に発生していたとしても、そのうち右昭和五二年一一月一六日以前に発生した分については同月一七日から一括して、同月一七日以降の分についてはそれぞれその翌日から、それぞれ消滅時効の進行が開始することになるから、本件訴訟提起の日である昭和五七年七月二一日の三年前である昭和五四年七月二〇日以前に生じた慰謝料請求権は、時効により消滅したといわなければならない。

なお、被告は、消滅時効の起算点として昭和三五年一二月を主張しているが、被告の主張は、要するに本件訴え提起の日から三年以前の損害についての請求権は時効によって消滅したとするものであり、その主張にかかる起算点に固執するものではないと考えられるから、右のとおり判断することに妨げはない。

五これに対し、原告らは、本件の侵害行為は継続的で一連のものであるから鉱業法一一五条二項の類推適用により米軍の横田飛行場使用によって発生する航空機騒音等が継続する限り消滅時効は進行しないと解すべきであること、消滅時効の起算日は前記二つの訴えにおいて住民らの慰謝料請求を一部認容する旨の判決が言い渡された昭和五六年七月一三日とすべきであること、被告は国民である原告らに対して自衛隊等の行為による障害を防止したり生活環境の整備を行うべき法的義務を負担するものであるから、証拠の散逸、被害者の宥恕等の時効制限の趣旨に照らして、被告による消滅時効の援用は権利の濫用として許されないことをそれぞれ主張する。

しかしながら、鉱業法一一五条二項は損害の発生が進行中で未だその範囲が確定しないような場合を想定した規定と解すべきであるから、本件に類推適用するのは適当ではない。また、消滅時効の起算点である「損害及ヒ加害者ヲ知リタル時」とは、原告ら主張のように損害賠償訴訟において勝訴できることを知ったことと解すべきではない。さらに、原告ら主張のような事情から直ちに被告による消滅時効の援用が権利の濫用であるとすることもできないものというべきである。

よって、原告らの右各主張はいずれも採用しない。

六以上のとおり、仮に原告らに航空機騒音等を原因とする慰謝料請求権が発生していたとしても、昭和五四年七月二〇日以前に生じた分については、時効により消滅したというべきである。

第六侵害行為

一はじめに

これまで述べてきたとおり、本件慰謝料請求については、これを米軍による横田飛行場の設置、管理の瑕疵に基づく原告らの人格権に対する侵害としてとらえ、被告が民特法二条に基づく損害賠償責任を負担するか否かの問題として検討することとする。

以下右請求の当否について、証拠関係に基づいての具体的検討に入るが、民特法二条にいう瑕疵とは、前記のとおり、横田飛行場が供用目的に沿って利用されることとの関連において、他人に危害を及ぼす危険性のある状態を指すと解すべきところ、原告らの主張する侵害行為は航空機騒音等の暴露であるが、人が社会生活を営むにあたっては騒音等に曝されることは避け難く、ある程度の騒音等については、これを受忍すべきであるから、右危険性のある状態とは、原告らに右受忍限度を超える侵害を及ぼすことにあるとするのが相当である。

そこで、本項では、まず侵害行為の状況について検討し、それに続いて原告らの被害、受忍限度の順に判断を進めていく。

なお、前記のとおり、原告らの慰謝料請求権は、仮にこれが存在するとしても、昭和五四年七月二〇日以前の分については時効により消滅しているのであるから、以下の判断にあたっては、専ら同月二一日以後(以下「本件対象期間」という。)の事実関係を対象にすることとし、それ以前の事柄に関しては、必要に応じて触れるにとどめる。

二横田飛行場の沿革と現況

以下の各事実は、当事者間に争いがない。

1  横田飛行場は、昭和一五年四月に旧陸軍多摩飛行場として開設されたものであり、昭和二〇年九月米陸軍に接収された後整備、拡張されて横田飛行場と命名され、昭和二一年八月以後米空軍の使用、管理するところとなり、さらに、昭和二七年四月二八日以降は平和条約発効に伴う行政協定により、昭和三五年六月二三日以降は地位協定によって、米軍の使用する施設及び区域としてアメリカ合衆国に提供され、その間数次にわたる施設及び区域の追加提供がなされ、米軍が飛行場として管理、使用して今日に至っている。

2  横田飛行場は、東京都福生市、立川市、武蔵村山市、昭島市、西多摩郡羽村町及び同郡瑞穂町にまたがる地域に所在し、幅員六〇メートル、長さ三三五〇メートルの滑走路(これに接続して設けられた南側三〇五メートル、北側三〇〇メートルのオーバーラン部分を含めた全長は三九五五メートル)及び長さ約二〇〇〇メートルの誘導路を有するほか、格納庫、整備工場等の付属施設や在日米軍司令部、第五空軍司令部、第四七五航空基地団等の庁舎や住宅等の支援施設があり、総面積は七一四万平方メートルに及ぶ規模を有する。

3  横田飛行場の基地機能についてていえば、横田飛行場は、朝鮮動乱、ベトナム戦争当時は爆撃機や戦闘機の離着陸に使用される戦闘基地であった。すなわち、昭和三五年にB五七爆撃機とF一〇二迎爆撃戦闘機を保有する爆撃航空団が配置され、昭和三九年には同航空団に代わってF一〇五戦闘爆撃機を有する戦術戦闘機大隊が移駐し、昭和四三年には右F一〇五に代わってF四戦闘爆撃機が配備されたが、昭和四六年にはこれらも沖縄に去り、横田飛行場は戦闘基地としての機能を失った。そして、昭和四六年以降横田飛行場は軍用輸送機や米軍にチャーターされた民間航空機が離着陸する極東空輸中継基地として使用されるようになり、今日に至っている。また、日米両国政府間で協議されていた関東平野における米空軍の施設、区域の整理統合計画(関東計画)に基づいて、昭和四八年から昭和五三年にかけて府中空軍施設、立川飛行場、関東村住宅地区等の各施設が我が国に返還されたことにともない、在日米軍司令部等右返還にかかる施設の機能が横田飛行場に移されたり、その代替施設が横田飛行場内に設置されたりして、米軍の関東地域における中枢基地となっている。

三原告らの居住関係

〈証拠〉を総合すれば、本件対象期間前後の横田飛行場周辺地域における原告らの居住関係並びに都市計画法による用途地域の指定は、別紙損害金目録付表に記載のとおりであり(同表地域類型欄記載Ⅰは都市計画法上の第一種、第二種住居専用地域、住居地域及び無指定地域であり、同Ⅱは近隣商業地域、商業地域、準工業地域及び工業地域である。なお、原告三塚弘が昭和六三年一月一五日から居住するに至った昭島市昭和町五丁目四番一一号は第二種住居専用地域に該当するのか商業地域に該当するのかが明らかでないので、地域類型Ⅱとして取り扱うものとした。また、原告福本道夫、同松本スエ及び同松本件治郎の居住関係については、後記第一一で詳述するとおりである。)、原告らの居住地は概ね横田飛行場の南側、南東側、南西側に位置し、横田飛行場の南端から一〇〇ないし二二〇メートル(オーバーラン南端から六〇〇ないし二七〇〇メートル)、西端及び東端からそれぞれ一〇〇ないし二〇〇メートルの範囲にあって、都市計画法上の用途地域としては第一種、第二種住居専用地域、準工業地域、商業地域、市街化調整地域に指定されていることが認められる。

四飛行騒音

1  航空機騒音は、航空機の飛行騒音とエンジンテスト音、航空機の誘導音等の地上音とに分けて考えることができる。

そのうち飛行騒音は、その性質上、航空機の種類、飛行高度や飛行コース、風向、気温等発生源の種別や種々の自然的、物理的条件によって影響を受けるものであるうえ、横田飛行場が米軍の排他的に運営、管理する軍用飛行場であることの関係上、航空機の飛行は不定期であり、かつその飛行実態が明らかにされていないため、これによって生じる騒音等の全容を正確に把握することは困難である。

飛行騒音に関する証拠として本件に顕われているのは、周辺自治体による測定記録、原告ら周辺住民や原告ら訴訟代理人による測定記録、第一、二次訴訟における検証調書、本件における検証の結果等であるが、問題とされているのが日々繰り返して発生する飛行騒音であり、かつそれによる侵害行為に右にみたとおり定常性がないという特質があることに鑑み、飛行騒音の実態を把握するには、事態を長期的、継続的な視点で検討することが必要である。そこで、これらの証拠のうち、東京都及び昭島市が横田飛行場の滑走路南端から約三キロメートルで進入路直下の昭島市大神町三九一番地(昭島市については、昭和六〇年以降滑走路南端から約一一〇〇メートルで進入路直下の同市拝島町三九二七番地所在の拝島第二小学校に変更されている。)において行っている継続的定点測定記録を中心に、横田飛行場周辺の飛行騒音及び横田飛行場における航空機の飛行の実態をみることとする。

2  〈証拠〉を総合すれば、次の各事実を認めることができる。

(一) 横田飛行場に離着陸する航空機は、本件対象期間を通じて年間約五〇種に及ぶが、主なものはC一三〇、C一四一、C五、B七〇七、C二一S、UH一及びT三九である。そのうち最も離着陸回数の多い機種は横田飛行場の常駐機であるターボプロップ四発のプロペラ機C一三〇で、全体の三五ないし四〇パーセントを占めるが、比較的騒音は小さく、音質も高周波成分が少ない。C一四一、C五は、ジェット四発の輸送機で、C一四一の飛行回数は全体の一二ないし一四パーセント程度である。いずれも激しい騒音を発し(C五は世界で最大級の航空機のひとつである。)、横田飛行場近辺では一〇〇デシベル(A)を超えることも少なくない。B七〇七もジェット四発の航空機で、民間航空会社から米軍がチャーターして輸送に使用しているものであるが、大きな騒音を発する。C二一SはT三九の退役に伴って昭和六〇年から横田飛行場に導入され、これに常駐する比較的騒音の低いジェット機であり、UH一は横田飛行場に常駐するヘリコプターである。また、T三九は、昭和五九年まで運航していたジェット練習機で、その飛行回数の全体に占める割合は二〇ないし二五パーセントに及び、小型機ながら激しい騒音を発していた。

横田飛行場の東側には立川基地が、北東部には入間基地があり、横田飛行場東側はこれらの基地の管制圏に入り、航空機の飛行が制限される。そのため、横田飛行場に離着陸する航空機の飛行経路は南北方向、西側に偏り、ことに訓練空域が西側区域とされている関係で、訓練を行う航空機は、大神町測定所に至る前に西側に旋回してしまい、大神町測定所ではその騒音が測定されないこともある。

(二) 東京都及び昭島市の本件対象期間中の測定結果をまとめるとそれぞれ別冊「原告らの主張」別表26記載のとおりであり、東京都の測定結果によれば、七〇デシベル(A)以上の騒音発生回数は昭和五四年が一万四七八〇回(欠測日等補正後の一日平均四〇.五回)、昭和五五年が一万四一二六回(一日平均三八.六回)、昭和五六年が一万一九八三回(一日平均三二.八回)、昭和五七年が一万二七六四回(一日平均三五.〇回)、昭和五八年が一万二六三八回(一日平均三四.六回)、昭和五九年が一万二九六〇回(一日平均三五.四回)、昭和六〇年が一万二〇四一回(一日平均三三.〇回)、昭和六一年が一万二二〇二回(一日平均三三.四回)、昭和六二年が一万二二五六回(一日平均三六.四回)である。昭島市の測定結果によれば、七〇デシベル(A)以上の騒音発生回数(ただし、昭和六一年四月から六月及び昭和六二年は七五デシベル(A)以上)は昭和五四年が一万四一三三回(一日平均四〇.八回)、昭和五五年が一万三五三五回(一日平均三八.三回)、昭和五六年が一万一九九六回(一日平均三二.九回)、昭和五七年が一万二七一四回(一日平均三五.〇回)、昭和五八年が一万一五一七回(一日平均三四.四回)、昭和五九年が一万二七七六回(一日平均三五.三回)、昭和六〇年が一万六〇六七回(一日平均四八.三回)、昭和六一年が一万四三八七回(一日平均三九.四回)、昭和六二年が一万五四五一回(一日平均四二.三回)であるが、このうち最も頻度が高いのは八〇デシベル(A)以上九〇デシベル(A)、九〇デシベル(A)以上一〇〇デシベル(A)未満がこれに次ぐ。また、一一〇デシベル(A)を超える騒音に暴露されることも稀ではない。

これを夜間(午後一〇時から翌日午前七時までの間)及び休日についてみれば、本件対象期間中の夜間の一日平均飛行回数は同表記載のとおりであって、東京都の測定結果によれば一.二ないし二.二回(平均一.五回)であり、昭島市の測定結果によれば一.三ないし三.二回(平均一.九回)である。また、本件対象期間中の日曜日の飛行回数は、東京都の測定結果によれば一四.七ないし一九.〇回(平均一六.九回)であり、昭島市の測定結果によれば一日一四.七ないし一九.二回(平均一七回)である。

また、東京都の測定結果に基づいて飛行騒音に関する各種データの経年推移をまとめると同別表27記載のとおりであって、本件対象期間(ただし、昭和六三年以降の分を除く。)における騒音ピークレベルのパワー平均値(一日あたりの飛行騒音を一機毎のエネルギーに戻してそれぞれを合算し、一機あたりに平均したもの。)は概ね九四ないし九六デシベル(A)程度であり、その年間W値は八五ないし八七程である。また、飛行騒音の継続時間は、一日平均九分三〇秒程度である(ちなみに、最近の資料である昭和六二年一〇月から同年一二月の三か月間の東京都及び昭島市の各騒音測定結果に基づいて、騒音発生回数、夜間及び休日の騒音発生回数、騒音レベルの最大値、騒音の持続時間をまとめると、別表記載のとおりである。)。

(三) また、前記大神町測定所の手前で西側に旋回飛行を行う訓練機の飛行騒音等をも補足するため、東京都が昭和五四年に大神町測定所と横田飛行場の滑走路南端から約一キロメートルの昭島市拝島町四〇八九番地における飛行騒音測定結果の比較を行ったところ、拝島町で観測したC一三〇が一八機であるのに対して大神町で記録されたのは七機であり、また、C一四一等の大型ジェット輸送機以外の航空機の飛行騒音のピークレベルは拝島町のほうが約一〇デシベル(A)高く、そのパワー平均値の差は三デシベル(A)(大神町八七デシベル(A)、拝島町九〇デシベル(A))であるとの結果が得られた。

3  これらの事実によれば、騒音発生回数は、航空機の離着陸がもっとも頻繁に行われていた昭和四五ないし四七年ころ(昭島市の測定結果によれば、七〇デシベル(A)以上の騒音発生回数は昭和四五年が一万九七五三回、補正後の一日平均一二四.八回、昭和四六年が二万七一四四回、補正後の一日平均約九五.三回、昭和四七年が二万四四〇七回、補正後の一日平均七二.二回である。ただし、測定場所は、昭和四六年三月までは前記拝島第二小学校、同年四月から昭和四七年三月までは昭島市松原町一―八―一、同年四月以降は前記大神町測定所)と比較してほぼ半減し、本件対象期間を通じて、飛行回数(夜間、休日を含む。)、騒音ピークレベルのパワー平均値、年間W値、飛行騒音の継続時間等騒音状況の全般にわたって、概ね安定した傾向にあるということができる(ちなみに、本件対象期間以前の東京都の測定による騒音発生回数の推移は別図記載のグラフに示したとおりであり、このグラフによれば、横田飛行場周辺の騒音発生回数は、昭和四五年ころから昭和四九、五〇年ころにかけて急激に減少した後にやや増加し、昭和五一、五二年以降本件対象期間を通じてほぼ安定した傾向を示しているということができる。)。

なお、前記東京都及び昭島市の測定結果を比較したとき、昭和六〇年以降については昭島市の測定結果のほうが多くの飛行回数を記録しているが、これは昭島市が同年以降測定場所を変更したため、前記の訓練のため西側に旋回する航空機の飛行騒音をも補足できるようになったことやより横田飛行場に接近した地点で測定が行われるようになったことが原因であると考えられる(もっとも、〈証拠〉によれば、大神町測定所で捕捉されながら拝島第二小学校で捕捉されない場合があることも認められる。)。しかしながら、東京都の同一筒所における測定結果が昭和六〇年以降も安定傾向を示していることからすれば、この間の飛行実態に特段の変化は生じていないものと推測される。

4  なお、それ以外の本件に顕れた飛行騒音の測定結果も、右認定と矛盾するものではない。

ちなみに、騒音の例として一般に示されているところによれば、七〇デシベル(A)は騒々しい事務所や静かな工場に、八〇デシベル(A)は電車の中や普通の工場に、九〇デシベル(A)は騒々しい工場に、一〇〇デシベル(A)は電車の通過するガード下に、一一〇デシベル(A)は前方二メートルにおける自動車の警報に、それぞれ相当するものとされている。

五地上音

1  〈証拠〉によれば、次の各事実を認めることができる。

(一) 地上音として問題になるのは、エンジンテスト音、航空機の離陸前及び着陸後の誘導音(移動音)や着陸の際の逆噴射(エンジンブレーキ)音、離陸準備のための暖機運転の際の騒音等であるが、昭和四六年五月以前の横田飛行場が戦闘基地として使用されていた時期においては、横田飛行場でジェット戦闘機のエンジンの試運転、調整作業が行われていた。ジェットエンジンの試運転は、エンジンを機体から取り外し(テストセル)、あるいはこれを機体に付けたまま(トリムパッド)高速回転させるため、長時間にわたる激しい騒音を発生させて周辺地域に大きな被害をもたらしていたので、その対策が重要事項とされていたのであるが、同月以降は横田飛行場が空輸中継基地となったことにともない、常駐するジェット戦闘機はなくなり、また、輸送機のエンジンの整備は横田飛行場で行われていないため、エンジンテストによる騒音は、相当程度軽減されたといえる。

もっとも、その後も常駐機のエンジン交換や異常が発見された際には、横田飛行場においても整備に伴うエンジンの始動調整作業が行われており、また、現在でも、C二一Sのエンジンテストは実施されている(なお、昭和五九年以前は、横田飛行場において常駐機T三九のエンジンテストが行われていたものと思われるが、前記のとおり同機は大きな飛行騒音を発していたことから、そのエンジンテスト音も相当激しかったことが推測される。)。

(二) 第一、二次訴訟の第一審で昭和五四年一〇月三一日に実施された検証の際、滑走路南端から約二.二キロメートルの昭島市拝島町三五五四番地四所在の大野悦子方において、着陸後のエンジンブレーキ音と思われる騒音を同訴訟原告ら代理人が測定したところ、閉め切った非防音室内での騒音レベルは、C一三〇が最高六〇デシベル(A)、C五の場合が屋外で七四デシベル(A)であった。

(三) 同じく昭和五五年二月八日に実施された検証の際、滑走路南端から東方約二五〇メートルの立川市砂川町三六四四番地三所在の金井和夫方(原告金井庸子ほか四名方)において聴取されたC一四一の誘導音は、同訴訟原告ら代理人の測定によれば、屋外で五五デシベル(A)以上の騒音が六分三〇秒以上、七五デシベル(A)以上の騒音が三分以上それぞれ継続し、閉め切った非防音室内での最高は五一デシベル(A)、窓を開放した状態で六五デシベル(A)であった。また、同訴訟被告代理人の測定による最高値は、屋外が七四デシベル(A)、屋内が六三デシベル(A)であった。

同検証においては、同訴訟被告の側でも騒音測定を行っているが、その際屋外で七四デシベル(A)(屋内では六三デシベル(A))のC一四一の誘導音、屋外で六三デシベル(A)(屋内では五二デシベル(A))のUH一Pの離陸準備音が記録されている。

(四) 原告ら代理人関島保雄ほか四名は、昭和五四年一一月から昭和五五年一月にかけて七回にわたり、前記金井和夫方、立川市砂川町三六四四番地六所在の森田マサエ方(原告森田裕美ほか二名方)、昭島市拝島町四〇五一番地一五一所在の土舘謙一方等(原告土舘恵子ほか二名方)で地上音の測定を行ったところ、金井和夫方及びその近辺においては午前四時台から屋外で六五ないし九五デシベル(A)、屋内で五五ないし八四デシベル(A)の誘導音及び屋外で七五ないし九二デシベル(A)、屋内で四七ないし八二デシベル(A)のエンジンテスト音が測定された。また、森田マサエ方でも午前四時台から屋外で五八ないし八〇デシベル(A)、屋内で三五ないし六五デシベル(A)の誘導音及び屋外で六五デシベル(A)のエンジンテスト音が測定され、土舘謙一方では屋外で四六ないし六八デシベル(A)、屋内で四〇ないし四二デシベル(A)の誘導音及び屋外で五〇ないし六〇デシベル(A)、屋内で三五ないし四〇デシベル(A)のエンジンテスト音が測定された。

また、昭和五五年三月二二日から二七日までの間、金井和夫方及び森田マサエ方室内において、金井和夫の妻かつ及び森田マサエが行った地上音の測定結果によれば、四七ないし六九デシベル(A)の誘導音またはエンジンテスト音が記録されている。

六暗騒音

〈証拠〉によれば、横田飛行場の南側には国道一六号線、五日市街道、奥多摩街道等の幹線道路があり、これらの道路沿いの地域においてはある程度の交通騒音があることは推測できるものの、大神町測定所の測定結果によれば、本件対象期間における大神町測定所の暗騒音は概ね四五デシベル(A)前後であり、また、前記第一、二次訴訟の第一審で昭和五五年二月八日に実施された検証の際、同訴訟被告の側が午前五時二五分から六時一四分にかけて四回にわたり金井和夫方における暗騒音を測定したところ、屋内で三二ないし四二デシベル(A)であった(測定に際しては、窓を閉めた場合もあり、開放した場合もあった。)ことが認められる。

これらの事実によれば、原告らの居住地の暗騒音は、全体として高くとも概ね五〇デシベル(A)前後であるということができよう。

七振動

1  航空機ことにジェット機が発生する飛行音及び地上音は、他の騒音源と比較して著しく大きく、その高速進行が大気にもたらす衝撃も極めて強烈であることは一般に認められているところであり、大型航空機が頻繁に離着陸する横田飛行場周辺においても航空機を原因とする振動が生じていることは容易に推測することができる。

2  〈証拠〉によれば、次の事実を認めることができる。

大阪府立大学工学部災害科学研究所が財団法人航空振興財団の委託に基づいて昭和四三年一一月一日から昭和四四年二月一五日にかけて大阪国際空港周辺の振動調査を行った結果、振動の主な原因は航空機騒音であり(航空機通過による大気圧変動は、突風による圧力変動と同程度にすぎず、振動の主要因とみなすことはできない。)、航空機騒音が地上に達したときの音圧が直接励振力として働き、地面と家屋全体がほとんど一体となって垂直に振動していること、不快を感ずるほどに振動が大きくなるのはジェット機の場合に限られ、ターボプロップ機やプロペラ機の場合はほとんど問題にならないこと及びジェット機の飛行騒音が一〇〇デシベル程度のときの地面の垂直加速度は三〇ガル位のことが多いが、コンベア八八〇(四発ジェット機)の騒音レベルが一一〇デシベル程度のとき、地面の垂直加速度が一八〇ガル、建物の垂直加速度が一〇〇ガル程度に達する場合があることが明らかになった。

なお、気象庁によって示された震度階に対応する地動最大加速度の値からみると、三〇ガルは震度四に、一八〇ガルは震度五に相当する。

3  本件対象期間における横田飛行場周辺の振動の状況を直接明らかにした資料はないが、右大阪国際空港周辺の調査結果に照らせば、大型ジェット輸送機を含む航空機が頻繁に離着陸する横田飛行場周辺にも相当程度の振動が発生しているものと推認することができる。もっとも、本件対象期間における横田飛行場は、その性格が空輸中継基地となり、かつての戦闘機基地であったころのようなジェット戦闘機の離着陸がほとんどなくなり、また、最も頻繁に離着陸するC一三〇はターボプロップ機であることから、その振動は以前に比べれば、かなり改善されたものといえよう。

しかしながら、現在でもなお世界最大級のジェット機であるC五をはじめ大型ジェット機の飛行も少なくはなく、また、その飛行騒音も一一〇デシベル(A)を超えることがあることを考えれば、横田飛行場周辺においても、右コンベア八八〇の場合と同程度の振動が生じているということができるであろう。

八排気ガス

1  〈証拠〉によれば、次の各事実を認めることができる。

(一) 航空機の排気ガスに含まれる汚染物質としては、一酸化炭素、炭化水素、窒素酸化物(一酸化窒素、二酸化窒素)が主要なものであり、これを自動車(一六〇〇㏄)の排気ガスと比較した場合、B七四七については一酸化炭素が三〇四台分、炭化水素は三七四台分、窒素酸化物は二七八四台分、DC八についてはそれぞれ三四一台分、一六一一台分、五五〇台分、YS一一についてはそれぞれ二二台分、五九台分、一〇四台分である。

また、羽田空港の昭和四八年一〇月の一日平均離着陸機数二一三機(B七〇七、B七二七、B七三七、B七四七、DC八の合計一六六機、YS一一が四七機)について、その排気ガス中に含まれる一日あたりの汚染物質総排出量(ただし、高度一〇〇〇メートルを超える地点で排出された分を除く。)は、一酸化炭素が一〇.三一一トン、炭化水素が六.二〇五トン、窒素酸化物が三.一六〇トンであり、その東京湾周辺の汚染物質排出総量に占める割合は、一酸化炭素が〇.三パーセント、炭化水素が〇.五パーセント、窒素酸化物が〇.一七パーセントである。

(二) 環境庁が昭和四七年秋に羽田空港において七日間、大阪国際空港(昭和四七年一一月の五日間の一日平均離着陸機数は二二五機であり、そのうちB七〇七、B七二七、B七三七、DC八の合計は一四四機であった。)において五日間、それぞれ最も汚染の影響を受け易いと思われる地点で汚染状況調査を行ったところ、両空港とも一酸化炭素については一ないし一.五ppmの航空機による影響の可能性が認められたものの、炭化水素及び窒素酸化物については大気汚染への寄与との関係を明確にし得る資料は得られなかった(ただし、炭化水素については、その関係を暗示するデータは得られているかもしれないとしている。)。右調査報告は、その理由として、何百台もが平行走行したり渋滞が生じたりする自動車の場合と異なり、航空機の離着陸は一滑走路一機であり、時間的間隔があること、航空機の排気ガスは大容量噴気で濃度がうすく、拡散率も高いので局所濃厚汚染現象を示しにくいこと、空港面積が広く、立体的進入であるため拡散率が極めて高いことなどを挙げている。

(三) また、財団法人航空公害防止協会が昭和四五年一二月から昭和四七年一〇月にかけて、羽田空港及び大阪国際空港で大気汚染調査を行ったが、空港内の汚染物質濃度が特に高いとか、空港内外の汚染物質濃度に差があるという測定結果は得られなかった。

2  横田飛行場周辺における航空機の排気ガスによる大気汚染に関する客観的な資料はないが、横田飛行場にはB七四七(ジャンボジェット機)よりさらにひとまわり大きい世界最大級の航空機であるC五をはじめC一四一、DC八等のジェット機が飛来しており、また、前掲甲第一〇七五号証の写真等多くの写真に撮影されたエンジンから黒色の排煙を曳きながら飛行するジェット機の飛行状況に鑑み、横田飛行場に離着陸する航空機が相当量の汚染物質を排出していることは明らかであるから、たとえある程度は拡散されたとしても、風向きなどの条件によっては、横田飛行場の近接する地域に一酸化炭素を中心とした大気汚染が生じているものと考えられる。

もっとも、本件対象期間における横田飛行場に離着陸する航空機は、前記騒音発生回数調査の結果に照らし、一日あたり三三ないし四八機ほどであると認められ、右調査の対象となった羽田空港や大阪国際空港に比べるとかなり少ないこと(右の数字は、東京都や昭島市の騒音測定結果に基づくものであるが、これは横田飛行場の南側を対象としたものであるうえ、その捕捉も完全ではない。しかし、その点を考慮してもなお、横田飛行場に離着陸する航空機機数は、当時の羽田空港や大阪国際空港の半分程度であろう。)、横田飛行場に離着陸する航空機の大半を占めるものはC一三〇で大型ジェット機は比較的少ないこと、横田飛行場の面積が広大である(昭和四五年における大阪国際空港の二倍以上)ことなどを考慮すれば、横田飛行場周辺における大気汚染の程度は、羽田空港及び大阪国際空港よりもかなり低いものであるといえよう。

九墜落、落下物事故等の危険

1  原告らは、以前に米軍機の墜落や米軍機からの落下物事故があったとして、墜落、落下物事故等の危険が米軍による侵害行為であると主張するが、仮に右主張のような事実があったとしても、そのことから直ちに横田飛行場周辺の地域に米軍機墜落時の現実の危険が常在することにはならないのであるから、原告らの右主張は失当といわなければならない。

2  もっとも、原告らがその主張に引用する原告らやその他の周辺住民の陳述等によれば、飛行騒音に対する反応として、墜落等の恐怖を感じるとの趣旨と受け取れるものもあり、飛行騒音に対してこのような心理状態に陥ることは通常予想することができることから、原告らの主張する墜落、落下物事故等の危険については、航空機騒音に対する心理的、情緒的被害の一態様として考慮することとする。

第七被害

一はじめに

1  被告は、原告らが主張する被害について、どの原告がどのような被害を受けているのかを個別、具体的に特定し、かつ、その具体的な内容や因果関係を医師の診断書、鑑定書等の証拠によって明確に立証しなければならないとし、アンケート調査や一部の原告らの本人尋問の結果、原告ら作成の陳述書では証拠として不十分であると主張する。

確かに、本件慰謝料請求は、原告らの人格権侵害を理由とするものであるから、本来であれば原告ら各自が実際に受けた被害を個別に認定したうえで判断しなければならない筋合いのものである。そして、原告ら各自が個別に受けた被害は、その居住地域と横田飛行場との距離関係や航空機騒音等に暴露される時間の長短などの諸要因によって異なるものであることは容易に推測することができる。

しかしながら、原告らが本件で主張する被害は、原告ら全員が等しく受けているもので、原告ら全員に共通する性質のものであるというのであるから、このような場合、原告らは、必ずしも原告ら各自が現実に受けている被害を各原告毎に立証することまでをも要求されるのではなく、そのうちの一部の者に被害が生じていることを立証すれば、これと地域類型を同じくし、同様の被害が及ぶと考えられる地域に居住する他の原告についても、同種、同等の被害を受けているものと推定することができるというべきである。

また、被害や因果関係の立証方法としても、必ずしも常に診断書や鑑定書等の客観的証拠を必要とするものでもないというべきである。なぜならば、要は本件に顕れた全証拠によって原告ら主張の被害や因果関係を認めることができるか否かの問題なのであって、一部の原告の本人尋問の結果や陳述書等であっても、それが他の証拠と矛盾せず、相応の合理性を有するものであれば、これに証拠価値を認めて事実認定の資料とすることは何ら妨げられるものではないからである。ことに、本件で問題とされている心理的、情緒的被害や睡眠妨害、日常生活の妨害といった被害は、これを被る住民らの主観的側面によるところが大きく、これを客観的、外形的には捕捉することは容易でないことを考えれば、むしろ、住民らの訴えこそが重視されなければならないということもできるのである。

なお、原告らは、本件慰謝料請求を原告ら全員が等しく受け、かつ原告ら全員に共通する性質、程度の被害に対するものと主張しているのであるから、原告らのうちの一部の者に対する侵害や一部の者について生じた被害は、本件慰謝料請求の原因とはならないといわなければならない。

2  以下原告らの被害の認定については、右の観点からこれを行うこととするが、その前提として、本件の侵害行為の中心をなす航空機騒音の特殊性について留意する必要がある。

〈証拠〉によれば、次の各事実を認めることができる。

(一) 騒音が人体に影響を及ぼす過程には直接作用と間接作用がある。

直接作用とは騒音が聴取対象音の聞き取りを妨害して聴取妨害を起こしたり、感音器を破壊、変質させて聴力損失(難聴)を惹起することで、騒音に特異のものであり、間接作用とは騒音により感覚器官が受けた刺激が大脳皮質全体に影響を及ぼして精神作用を乱し、作業能率の低下や情緒不安定等の精神的、心理的悪影響を与え、さらに視床下部を刺激して交感神経の緊張を高め、循環器、呼吸器、消化器等内臓の働きに影響を与え、また、下垂体を通して内分泌系のホルモンのバランスを崩し、物質代謝の調節機能に影響を及ぼすもので、非特異的である。

これらの影響の発現には、騒音自体の音圧レベル、周波数構成、持続時間、頻度、衝撃性やこれらの変動性のほか、被曝者の性別、年齢、健康状態、人間関係や居住環境、騒音に対する慣れ、騒音源に対する感情的評価等の主観的要因が加わり、これらの諸因子が相互に関連している。

このように、騒音が人体に及ぼす影響は複雑な過程を経るため、その発現の態様も人によって様々であり、身体的影響よりもむしろ精神的、心理的影響や日常生活の妨害を中心とする点にその特色がある。

(二) 騒音がストレス作因になることは明らかであるが、人を取り巻く複雑な社会環境において、ストレス作因は数多く、心身の症状が発現した場合、これに対する騒音の寄与の有無やその程度については十分解明されていないため、これを判断することは極めて困難である。その的確な評価のためには騒音状態に対する正確な認識と騒音による影響についての広範な科学的調査、研究が必要である。そして、この調査、研究を行うにあたっては、実験室内における厳密に計算された騒音暴露下での実験結果とともに、実際に騒音に暴露されている地域住民の反応についてのアンケート等の調査結果の検討も不可欠である。実態調査による大量観察は、その統計的処理とともに、実験室内での限定された条件下での研究結果の不足を補い、広範な騒音被害の実態ことに精神的影響や生活妨害を把握する方法として優れた面があり、集団的に結果を観察すると騒音レベルと高い相関を示すことから、実際にもその調査結果は各国の騒音対策や騒音の許容基準の設定等の資料として活用されている。

(三) 航空機騒音の特徴としては、その音量が極めて大きいこと、高周波成分を含む金属的な音質を有し(ことにジェット機)、発生が間欠的、ときに衝撃的であること、騒音の及ぶ面積が広大であり、家屋構造による遮音が困難であることが挙げられるが、以上のような航空機騒音の特徴から、その評価も難しく、各国における評価単位も一致してはいない(以下にみられるように、評価単位としては、W値、NNI、Ldn、Leqなどがあるが、これらの関係は、NNIに三五を加えたもの、Ldn及びLeqに一五を加えたものが、それぞれW値の近似値になるとされている。)。また、被害者集団内部における感受性の差異から、精神的影響や生活妨害は、一デシベル(A)、二デシベル(A)の差を問題とするほど微妙なものではなく、せいぜい五デシベル(A)、ときにはその程度の差が一〇デシベル(A)刻みで認められるにすぎないし、航空機騒音による被害の発生の有無の基準となるような絶対的な数値はない。

二睡眠妨害

1  〈証拠〉を総合すれば、次の各事実を認めることができる。

(一) 昭和三九年九月に拝島第二小学校の児童五一四名に対して行った調査の結果(回答数四四四名)によると、一〇七名が騒音で睡眠が妨げられ、その回数は一週間のうち三日とした者が四一名で最も多く、毎日とした者も八名いた。

(二) 東京都が昭和四五年に横田飛行場周辺(NNI三〇台、四〇台、五〇台、六〇台以上)及び対照地区(NNI三〇台)の一〇〇〇世帯を対象として行ったアンケート調査の結果によれば、夜間の睡眠妨害の訴え率は、NNI三〇台で約二〇パーセント、四〇台で約二五パーセント、五〇台及び六〇台でそれぞれ約四〇パーセントであり、昼寝の習慣のある者による昼寝の妨害の訴え率は、NNI三〇台で約三〇パーセント、四〇台で約四〇パーセント、五〇台で約六五パーセント、六〇台で約七〇パーセントであった。そして、いずれの場合も、NNI三〇台の地域との間で有意差が認められた。

(三) 大島正光ら(労働科学研究所労働生理学第一研究室)が二〇ないし三九歳の四名の研究室員を対象とし、五〇〇サイクル、三〇ないし七五phon、持続時間三秒の騒音(純音)を三〇秒から五分まで三〇秒刻みの一〇種の間隔(無作為配列)をもって暴露する実験を行ったところ、音響刺激の影響は覚醒時より就眠時の方が大きく、就眠を妨げ、覚醒を促進する騒音の下限は四〇ないし四五phonであるとの結果が得られた。

(四) 騒音影響調査研究会が昭和四四年以降数年にわたり、大阪国際空港周辺において、航空機騒音が睡眠に及ぼす影響について実験を行うなどして調査を実施したが、その結果は次のとおりである。

(1) 騒音地区に住んでいない成人男子(三名または八名)にピーク値六五、七五、八五デシベル(A)、持続時間一七秒の録音再生によるジェット機騒音を暴露する実験の結果によると、全睡眠中深い睡眠が占める割合が減少し、睡眠深度の変化が頻繁になる。七五デシベル(A)の騒音により、浅い睡眠状態にある者に覚醒する者があらわれ八五デシベル(A)で中位の睡眠状態にある者に覚醒する者があらわれた。また、実験を重ねるにつれて深い睡眠の占める割合が増加し、騒音の刺激を与えない状態に戻る傾向が認められた。

(2) 二歳六か月ないし四歳の幼児四〇名にピーク値六五、七五、八五、九五デシベル(A)、持続時間一七秒の録音再生によるジェット機騒音を暴露する実験の結果によると、騒音による脳波、心電図、容積脈波、筋電図は刺激強度が強くなるにしたがって反応も高くなり、各刺激強度間に有意差が認められた。また、騒音地区の幼児は、対照群に比べて騒音刺激により睡眠を障害されにくいことが明らかになった。

(3) 妊娠前または妊娠の初期五か月以内に騒音地区に転入した母胎から生まれた乳児には航空機騒音に対してほとんど反応することなく静かに眠っている者が多かったが、妊娠の後期五か月以内に騒音地区に転入した母胎から生まれた乳児や出生後転入してきた乳児には航空機騒音に反応して泣き出す者が多かった。

(五) 長田泰公ら(国立公衆衛生院生理衛生学部)が男子学生を対象として、騒音が睡眠に及ぼす影響について一連の実験を行ったが、その結果は、次のとおりである。

一九、二〇歳の男子学生五名に対し、録音再生による四〇デシベル(A)と五五デシベル(A)の工場騒音及び道路交通騒音の六時間連続暴露による実験において、脳波、心電図、尿、血液等の検査の結果、四〇デシベル(A)で睡眠深度が浅くなり、好酸球数及び好塩基球数(好酸球及び好塩基球は、正常な日内リズムにおいて、睡眠中に増加すべきものであるから、その増加の抑制から睡眠妨害が推定される。)は四〇デシベル(A)で増加が抑制され、五五デシベル(A)では減少した。これは、四〇デシベル(A)で睡眠が妨害され、五五デシベル(A)では一層その影響が強くなることを示すものであるが、被験者は騒音に気付かず熟睡していた。

次いでまた、これと同じ被験者に対して、四〇デシベル(A)及び六〇デシベル(A)の騒音(白色騒音、一二五ヘルツの三分の一帯域騒音及び三一五〇ヘルツの三分の一帯域騒音の三種)を用い、三〇分に一回、二.五分の連続音と一〇秒オン、一〇秒オフの継続音(オン時間の合計二.五分)を無作為配列により暴露した実験において、覚醒期脳波の出現回数が前回より多く、睡眠深度も浅くなり、好酸球数及び好塩基球数の変化は前回の四〇デシベル(A)と五五デシベル(A)の中間値で、断続騒音も六時間連続騒音と同程度の睡眠妨害をもたらし、睡眠には連続した静寂が必要なことが明らかになった。なお、この実験の際にも、被験者は騒音に気付かず熟睡していた。

さらに、二〇歳代の男子学生五名(前回及び前々回の被験者とは異なる。)に対する録音再生による五〇デシベル(A)と六〇デシベル(A)の列車騒音、航空機騒音の間欠的暴露と四〇デシベル(A)のピンクノイズの連続暴露による実験の結果、連続音よりも間欠音のほうが入眠をより妨げることが明らかになり、四〇デシベル(A)、五〇デシベル(A)、六〇デシベル(A)の順に睡眠深度が浅くなる傾向がみられた(ただし、有意差は認められない。)。また、睡眠段階が十分深くなるまでの時間は有意に延長され、四〇デシベル(A)のピンクノイズと比較して六〇デシベル(A)の列車騒音、航空機騒音では三ないし四倍を要した。

また、長田泰公は、最近のヨーロッパにおける実験結果を紹介しているが、それによると、睡眠深度に対する航空機騒音の影響が飛行回数よりピークレベルと暗騒音レベルとの相関が強いこと、睡眠妨害は騒音のピークレベルだけではなく平均レベルとも関係があること、騒音の室内でのピークレベルが四〇デシベル(A)以下であれば睡眠の深度変化等の八〇パーセント、目覚めの八七パーセントは防止でき、四五デシベル(A)以下であっても睡眠妨害の三分の二は防止できるなどとされている。

(六) 斉藤和雄が睡眠中の被験者に一五〇ないし三〇〇サイクル及び二四〇〇ないし四八〇〇サイクルの騒音を暴露して脳波等をポリグラフで観察した実験の結果に基づいて算出した夜間騒音の許容値は、低音で六〇デシベル、高音で五〇デシベルであった。

(七) 原告ら及び第一、二次訴訟原告らは、本人尋問や陳述書において、睡眠中航空機の爆音によって眠りを破られ、そのまま寝付けなくなったり、航空機騒音のために熟睡できなかったり、そのせいで睡眠不足になり日常生活や職場で支障を生じたりしていることを訴えている。

2  航空機騒音と睡眠妨害との関係に関する研究は、騒音による影響がこれを暴露される側の種々の条件によって複雑に修飾されることなどから、前掲各証拠のほか被告提出の証拠(文献類)によっても、一義的に明確な結論に達しているとはいえず、その影響の程度や影響が現れる騒音の下限値等について、様々な提唱がなされているのが現状であり、また、航空機騒音に対する慣れについても、積極、消極の両意見がある。

しかしながら、騒音が睡眠の妨げになることは、われわれの日常生活においてしばしば経験するところであり、右に認定した種々の調査結果も概ねこの経験則に合致するのであって、十分信用に値するといえる。そして、右調査結果によれば、人の睡眠に影響を及ぼす騒音は、四〇ないし四五デシベル(A)程度であるということができるところ、前記認定のとおり、原告らの居住地域の本件対象期間における航空機騒音のピークレベルのパワー平均値は九四ないし九六デシベル(A)であり、ときには一一〇デシベル(A)を超えるジェット機が離着陸するのに対し、暗騒音は五〇デシベル(A)程度である(夜間においては、さらに暗騒音レベルが低下するものと推測される。)といえるのであるから、原告らに航空機騒音による睡眠妨害の被害が生じていることは明らかであり、本人尋問や陳述書における原告らの睡眠妨害の被害の訴えは、首肯し得るものである。

もっとも、本件対象期間ことに昭和五六年以降における夜間の飛行回数は、それ以前に比べると、かなり減少しており、睡眠時間帯の午後一〇時から翌日午前七時までの飛行回数は、一日平均一.二ないし一.六回(昭島市の拝島第二小学校での測定によれば、昭和六〇年以降は二.二ないし三.二回)であるが、それでも、毎日一回(昭島市の測定によれば二、三回)以上の激しい騒音に曝されているのであるから、建物自体の、あるいは妨音工事による遮音効果を考慮に入れても、原告らの睡眠妨害の被害が解消したとすることができないのは勿論である。

3  まとめ

以上のとおり、原告らは、横田飛行場の航空機騒音により、睡眠妨害の被害を受けているのであるが、睡眠は日々の疲労を癒し、体力の回復や精神の安定のために欠くことのできないものであることは明らかであって、このような睡眠が妨害されることは、たとえそれが以前に比べて大幅に減少し、一日平均一回程度であったとしても、それがほとんど連日継続することを考慮すれば、依然として心身の健康に対する重大な侵害といわなければならない。

そして、心身の安全は、人格権の中で最も基本的な法益というべきであるから、睡眠妨害は、原告らの人格権に対する侵害と評するのが相当である。

三心理的、情緒的被害

1  〈証拠〉を総合すれば、次の各事実を認めることができる。

(一) 昭和三九年一〇月に拝島第二小学校で実施された健康調査によると、職員二四名中一〇名が気分の苛立ちや怒りっぽくなったことを訴えており、また、児童の性格についても、落ち着きがない、根気がなく飽きっぽいことや攻撃性があるとされ、同小学校の教員や昭島市堀向地区の保育園の保母も同様の指摘をしている。

同年九月に同校の児童を対象とした調査でも、落ち着きがない、いらいらがひどくなった、怒りっぽくなったなどの訴えがみられた。

(二) 日本女子大学名誉教授(応用心理学)児玉省が昭和四〇年以降昭島市において実施した調査結果は、つぎのとおりである。

(1) 小、中学校の児童、生徒

昭和四〇年の情緒不安定検査(アンケート方式)によれば、拝島第二小学校児童は、対照地区の児童に比べて不安傾向、攻撃性が強く表れたが、拝島中学校の生徒については、対照地区の生徒との間の有意差は認められなかった。昭和四一年、四二年の調査においては、同小学校及び同中学校の児童、生徒ともに対照地区の児童と比較して不安傾向、攻撃性が強く表れた。昭和四四年の調査では、対照地区の児童の情緒不安傾向の方が同小学校の児童よりも強く表れた。

ロールシャッハテストの結果によれば、同小学校児童の情緒不安、攻撃性の傾向が強く表れ、かつ航空機の連想に結びつく反応が多かった。

努力志向を調査するため、握力検査による努力群、中間群、非努力群、放棄群の分類を行ったところ、同小学校の児童は低学年、高学年とも対照地区の児童と比較して非努力群、放棄群に属する者が多く、根気がないことが明らかになった。

語彙連想検査の結果、同小学校の児童は、対照地区の児童と比較して、快、不快その他の情緒的反応語や願望欲求に関する反応語が多く、これを感情分析的に処理すると、不安、攻撃的傾向を示すものと解釈された。

(2) 成人

情緒不安検査(アンケート方式)によれば、堀向地区の若年齢層においては、対照地区の同年齢層の者と比較して、不安傾向、攻撃性が強く表れ、三〇歳を過ぎると地域差が減少し、四〇歳以上では逆に対照地区の方が不安傾向、攻撃性が強く表れた。

握力検査による分類の結果、堀向地区の放棄群に属する者は三分の二であったのに対して、対照地区の七分の一に過ぎなかった。

(三) 東京都が昭和四五年七月に横田飛行場周辺(NNI四〇台、五〇台、六〇台以上)及び対照地区(NNI三〇台)の一〇〇〇世帯を対象として行ったアンケート調査の結果によると、情緒的被害を訴えた者は身体的影響を訴えた者よりはるかに多かったが、そのなかでも「気分がいらいらする」、「不愉快である」、「しゃくにさわる」、「頭にくる」に該当するとした者が多かった。そして、これらの項目に該当する者は概ねNNIの増加に伴って増加する傾向がみられ、「気分がいらいらする」についていえば、NNI三〇台で五パーセント、NNI四〇台で約一七パーセント、NNI五〇台で約二六パーセント、NNI六〇台で約三二パーセントであった。また、「気分がいらいらする」、「不愉快である」と訴える者は、NNI三〇台の地域(対照地域)とNNI四〇台の地域との間に統計上の有意差が認められた。

(四) 関西都市騒音対策委員会が昭和四〇年一〇月に大阪国際空港周辺の八市において行った調査の結果によると、「気分がいらいらする」、「腹が立つ」、「不愉快になる」、「気がめいりうっとうしくなる」、「安静がたもてない」、「びっくりする」などの情緒的被害を訴えた者が多く、その訴え率はNNIが増加するにしたがって増加し、NNI四〇ないし四四で九〇パーセントに達した。

(五) 原告ら及び第一、二次訴訟の原告らの多くは、原告ら本人や同居の家族が横田飛行場周辺に居住中、航空機の発する轟音やガラスをビリビリと音を立ててゆする振動、夜間照明を点灯したり、低空で覆い被さるように飛行する航空機のために圧迫感や墜落その他の事故に対する恐怖感を覚えたり、怒りや不安を感じ、あるいは思わず外に飛び出したくなる衝動を感じたりすると述べており、中にはこれが昂じてノイローゼになったとしたり、あるいはノイローゼになる不安を訴える者もいる。また、これらの者が日常生活や学業において気短で、いらいらし、落ち着きがなく、集中力を欠き、飽きっぽくなり、あるいは神経質な性格になったりしたと訴え、さらに、乳幼児期においては、航空機騒音に暴露した際に泣きだし、手足を異常に震わせ、ひきつけを起こし、脅えるといった過敏な反応を示したことから医師の診察を受けた者もおり、これが原因となって子供の性格形成に悪影響を及ぼしたとする者や将来悪影響が発現することを心配する者も多数にのぼっている。

2  右に認定した各事実を検討するに、東京都の行った調査結果によれば、「気分がいらいらする」、「不愉快である」などの訴え率はNNI三〇台とNNI四〇台との間で有意差がみられ、NNIの増加とともに増加しているが、関西都市騒音対策委員会の調査結果もこれと概ね同様の傾向を示していることから、両調査の結果の合理性を支持することができ、NNI四〇以上(NNI四〇はW値に換算すると約七五に相当する。)の地域に居住する住民からこのような訴えがなされることが十分予想される。そして、原告らの居住地域はこれに該当するのであるから、原告らの本人尋問や陳述書におけるような精神的被害の訴えが出ることは何ら不思議ではないし、また、このことは経験則にも合致するということができるのであるから、原告らの本人尋問の結果や陳述書の記載内容も信用に値するというべきである。

3  まとめ

以上判示してきたところによれば、原告らは、横田飛行場に離着陸する航空機の騒音や振動によって、恐怖感、不安感等を感じ、あるいは苛立ちや集中力の欠如、飽きっぽさなどの精神的、情緒的被害を受けているものと認めることができるが、低空でも轟音を発して頭上を飛行する航空機による圧迫感、威圧感は相当なものであろうと思わわれるし、また、夜間ガラス戸を振動させたり、照明を点灯して飛来する航空機に対する不安や恐怖も理解できるところである。さらに、離着陸のための進入コースや施回訓練コースの直下に居住する原告らにとっては、航空機の墜落等の事故に対する不安がこれらの感情を増幅することも無視できないであろう。

このような事情を考慮したとき、原告らの受けている被害は深刻なものと評することができようし、また、その被害の内容が人の心理、情緒という精神的側面における健全さを損なうものであることからすれば、原告らの被害は、人格権の侵害として法的保護に値するというべきである。

四身体的被害

1  難聴、耳鳴り

(一) まず、本件で問題になる騒音性難聴の特徴についてであるが、〈証拠〉によるとおおよそ次のようにいうことができる。

(1) 騒音性難聴は、三〇〇〇ないし六〇〇〇ヘルツの音域とくに四〇〇〇ヘルツ付近の聴力の損失が大きい点で、高い周波数からより低い周波数へと波及する老人性難聴、薬物の影響による難聴と区別される。右四〇〇〇ヘルツは音域のC5に相当する周波数であることから、この減少はC5dipと称され、騒音性難聴の特徴とされている。

(2) 難聴(聴力の域値移動)には、回復可能な一時的域値移動(NITTSまたはTTS)と回復不能の永久的域値移動(NIPTSまたはPTS)とがあるが、PTSの発生を確認することが困難であるため、他の資料からPTSの発生を予測することが必要とされるようになり、そのための仮説として、一日の音のエネルギー総量を基準としてPTSを予測する等エネルギー仮説とTTS仮説が提唱されるに至った。TTS仮説とは、TTSとPTSとの間に密接な関連があることを前提にして、一定時間騒音に暴露した後のTTSを基準にPTSを予測しようとするもので、アメリカ合衆国国立科学アカデミー聴覚、生物音響学、生物力学研究委員会(CHABA)の暫定的結論として、一日八時間、一〇年間暴露後のPTSは同一騒音に八時間暴露、二分休止後のTTS(TTS2)にほぼ等しいとの見解が示され、以後この見解が各種の研究や基準の定立等に利用されている。

(二) 〈証拠〉によれば、次の各事実を認めることができる。

(1) 児玉省の昭島市における前記調査の際に昭和四一年から昭和四四年にかけて行った児童及び成人に対する聴覚検査の結果によれば、拝島第二小学校児童と対照校の東小学校(横田飛行場の東方約三キロメートル)児童の聴力損失の度合いを比較すると、平均値で一〇〇〇ヘルツと八〇〇〇ヘルツを除いたすべてのサイクルにおいて拝島第二小学校児童の方が損失が大きく、最大の四〇〇〇ヘルツでの差は六.七デシベル(右耳五.三デシベル、左耳八.〇デシベル)であり、中央値でも全サイクルにわたって拝島第二小学校児童の方が損失が大きく、最大の四〇〇〇ヘルツでの差は七.八デシベル(右耳七.〇デシベル、左耳八.六デシベル)であった。また、聴力損失が四〇〇〇ヘルツで最も大きく、難聴が高音のところから始まる典型的な聴力損失型(C5dip型)を示す者は東小学校児童では少数であったが、拝島第二小学校児童では三分の一ないし二分の一に及び、四〇〇〇ヘルツにおける聴力損失の差は六年生に顕著に認められた。さらに、昭和四一年から四四年までの拝島第二小学校児童に対する追跡調査(対象は昭和四一年度三年生一五名、昭和四二年度四年生二八名、昭和四三年度五年生二四名、昭和四四年度六年生二〇名であり、一部は重複している。)によると、平均値で各学年を通じて四〇〇〇ヘルツにおける聴力損失が大きく(左右とも一四ないし一八デシベル)、C5dip型を示したが、六年生の損失の度合いがもっとも進んでいるとはいえなかった。

成人については、昭和四四年に、航空機騒音の激しい堀向地区、航空機騒音は堀向地区ほどではなく自動車騒音の激しい東中神地区及び騒音の影響のほとんどない青梅地区の各年齢層を対象として聴力検査を実施したところ、三五歳以下の年齢層については、青梅地区の者には聴力損失がほとんどなく、堀向地区及び東中神地区の者に聴力損失が認められ、四〇〇〇ヘルツにおける損失の度合いは、東中神地区の者が最大であった。三六歳から四五歳までの年齢層については、堀向地区の者の損失の度合いが最大で、C5dip型の切れ込みを示した。また、四六歳から五五歳までの年齢層については、三地区とも四〇〇〇ヘルツにおける聴力損失が認められたが、堀向地区及び東中神地区の者はC5dip型であった。

(2) 京都大学工学部衛生工学教室の山本剛夫教授ら(騒音影響調査研究会)が録音再生の航空機騒音を用いて実験した結果によれば、ピークレベル一〇五、一〇七、一一〇デシベル(A)の騒音を二分に一回及び四分に一回被験者に反復暴露して(一一〇デシベル(A)についてはこのほか八分に一回の暴露を行った。)聴力損失の検査をしたところ、四〇〇〇ヘルツのTTSに関し、二分に一回の暴露の場合、一〇七、一一〇デシベル(A)では暴露回数が多くなるに従ってTTSが明らかに増加し、一〇五デシベル(A)では暴露時間一五分以降において明らかな増加が認められた。四分に一回暴露の場合、一〇七、一一〇デシベル(A)では二分に一回の場合に比べて増加の傾斜が緩やかにはなるが、暴露回数の増加に伴ってTTSが増加し、一〇五デシベル(A)では暴露時間五〇分以降において増加が認められ、八分に一回暴露の場合は、一一〇デシベル(A)のみではあるが、暴露時間の対数に対してほぼ一次式の関係でTTSの増加が認められたことから、ピークレベル一〇五デシベル(A)以上で四分に一回以上の頻度であれば、TTSが生じることが明らかにされた。

ピークレベル八九、九二、九五及び一〇〇デシベル(A)の騒音を二分に一回被験者に反復暴露して(九五デシベル(A)については四分に一回の暴露も行った。)聴力損失の検査をしたところ、ピークレベルが八九デシベル(A)であっても、二分に一回の暴露が八時間余り続けば有意なTTSが生じることが明らかになった。

ピークレベルを七五、八〇、八三、八六、八九、九二、九五、一〇〇デシベル(A)に低下させ、二分に一回の場合は一〇〇デシベル(A)では九六回、それ以外では二五六回、四分に一回の場合(九五デシベル(A)のみ)は一二八回の暴露による実験を行った結果、四〇〇〇ヘルツのTTSに関しては、TTSの総暴露時間の対数に関して一次式の関係で増加し、TTSを生じるピークレベルの限界は、七五から八〇デシベル(A)までの間にあると考えられ、五デシベルのTTSを与える場合のNNIは四八ないし六〇、ECPNLは八二ないし九三、一〇デシベルのTTSを与える場合のNNIは五六ないし六三、ECPNLは八八ないし九五であるとの結論に達した。

なお、山本剛夫は、W値八五以上の騒音環境のもとでは人に聴力損失をもたらすおそれがあると警告している。

(3) アメリカ合衆国連邦環境保護庁(EPA)は、一九七四年三月に公表した資料において、ほとんどの人を五デシベル(A)以上のPTSから保護するため、四〇年間にわたり、一日八時間年間二五〇日の騒音暴露における許容基準をLeq(八)(等価騒音レベル)七三デシベル(A)以下とすることが必要であり、これを環境騒音に適合させるために暴露時間一日二四時間、年間三六五日として換算し、かつ間欠騒音の補正をするとLeq(二四)七一.四デシベル(A)以下となるから、これを安全限界に引き直して、居住地域等の屋外における騒音許容基準をLeq(二四)七〇デシベル(A)以下とすることが必要であるとしている。基準値をW値に換算するとほぼ八五に相当する。

(4) 財団法人航空公害防止協会が人体影響調査専門委員会(大島正光ら)に委嘱し、昭和四六年から九年間にわたって行った調査の結果は、次のとおりである。

大阪国際空港、羽田空港の周辺等航空機騒音や自動車騒音の激しい有騒音地域と無騒音地域とを対比して住民の純音聴力を調査したところ、聞こえのレベルと年齢との相関係数や回帰係数の面では有騒音地域と無騒音地域との間に差異はなく、有騒音地域において四〇〇〇ヘルツの聴力の低下度が大きかったり、聞こえの平均値の低下傾向を示すこともなかったことなどから、騒音が聴力の年齢変化に影響を及ぼし、その衰退を促進することはないとの結論に至った。

また、右調査の一環として、岡田諄らが行った録音再生によるジェット機の爆音を二.五分に一回八時間被験者に反復暴露した実験において、ピークレベル九三、九六、九九、一〇二及び一〇五デシベル(A)の暴露における四〇〇〇ヘルツのTTS2が四デシベル(A)以上であった者の場合は、それぞれ九.三パーセント、二四.〇パーセント、一九.一パーセント、二五.六パーセント、二二.五パーセントであったことから、ピークレベル一〇五デシベル(A)以下であれば、八時間暴露後のTTS2の平均値は四デシベル(A)以下であり、九九デシベル(A)以上の騒音が聴覚に何らかの影響を与えることは否定できないが、一〇五デシベル(A)の騒音を八時間暴露した後でも二〇分経過後にはほとんど正常に回復した。

(5) 谷口堯男ら(騒音被害医学調査班)が昭和六一年から昭和六二年にかけて小松飛行場周辺の住民に対して行った聴力検査の結果によれば、騒音地域(W値八五以上)の住民一二五名中には、いずれか一耳の難聴度が二〇デシベルを超える者が五六名(四四.八パーセント)あり、三〇デシベル以上の深さを示すC5dipのある者が二七名(二一.六パーセント)あるなど(右の二七名中六〇歳以上の高齢者、騒音職歴のある者等を除外しても七名の者が騒音性難聴と判定された。)、著名な聴力障害が認められた。また、この結果に基づいて、騒音地域と非騒音地域に居住する五〇歳以下で騒音職歴、耳疾患、ストマイ使用等の既往のない者の聴力を比較検討したところ、騒音地域の住民に非騒音地域の住民と比較して平均約六デシベルの聴力損失が認められた。

(6) 原告らの一〇パーセント近くの者が難聴や耳鳴りの被害を訴え、家族との会話、電話の聴取等に支障をきたしたり、他人から耳が遠いことを指摘されたりしたと述べており、また、第一、二次訴訟原告らの中にも難聴や耳鳴りを訴える者がいる。

(一)(1) 騒音の難聴との関係については、一般に騒音が難聴の原因になり得ることは認められているものの、どの程度の騒音にどれ位の期間暴露されれば難聴が発生するかについては定説をみるには至っていないのが現状であるということができる。それは、難聴が人間に内在する諸要因が互いに複雑に絡み合って発生するものであることから、騒音が難聴の一因となっているか否か、あるいは騒音の難聴発生に対する寄与の程度を明らかにすることが難しいこと、実験や調査においても、その対象の選択が難しく、実験状況の設定や検査の方法に高度の専門的、技術的知識や経験を要求されるといった調査、実験の困難性に由来するものと思われる。

このことは、右に掲げた調査、実験結果に大きな相違があることや、その他の本件に顕れた証拠中にも騒音と難聴発生との関係、間欠騒音における聴力損失の回復の程度等について様々な見解が示されていることからも窺うことができる。

ことに、本件で問題になっているのは、軍用機を発生源とする不定期的な航空機騒音であり、それが一層問題を複雑なものとしているということができるのであり、被告も、とくに児玉省の報告は全体に極めて杜撰であり、調査結果に対する厳格な分析を欠くとか、山本剛夫の実験における騒音の暴露等の条件は横田飛行場の実態との相違が甚だしいため、騒音の暴露量は横田飛行場周辺の実態をはるかに超えているなどとして、これらの調査結果の信用性に疑問を呈したり、その結果を直ちに本件にあてはめることの不当性を主張する。

(2) しかしながら、児玉省の昭島市における調査は、仮に被告が主張するように調査それ自体、あるいはその結果の分析に精緻さを欠いているとしても、同一の担当者が同様の手法をもって調査した結果、拝島第二小学校児童の方が対照校の東小学校児童よりも聴力損失の程度が大きく、また、拝島第二小学校児童には騒音性難聴の指標となるC5dipの傾向が顕著に認められるという結果が出ているのであるから、調査結果の数値が厳格な批判に耐えられるかどうかは別として、少なくとも拝島第二小学校児童に右のような傾向がみられることは、これを認めなければならないというべきである。

また、山本剛夫の実験についても、確かに騒音の暴露間隔は二分に一回、四分に一回などというもので、横田飛行場における実際の航空機の離着陸回数に比して相当頻度の高いものではあるが、この実験によって間欠的な騒音の暴露であっても継続的な騒音と同様に聴力損失の原因となり得ることは明らかにされたというべきであり、騒音の間隔と聴力の回復との関係が解明されていない現状においては、この実験結果を横田飛行場周辺住民の聴力損失の原因を判断するうえでの一つの資料とすることは妨げられないというべきである。さらに、横田飛行場が昭和二〇年以降一貫して米軍の管理する飛行場として使用され、多数の軍用機が離着陸する状態が継続していることや過去において周辺住民が極めて頻度が高くかつ激しいジェット機騒音に曝されていた時期もあったことを考えれば、その長期間の継続した騒音暴露状態が周辺住民の聴力損失に及ぼす影響も無視することができないというべきであるから、この点を加味して考慮すれば、山本剛夫の実験結果が、必ずしも横田飛行場周辺住民の被害の程度を超えるものとはいえないであろう。

(3) もっとも、本件対象期間の横田飛行場における航空機の飛行回数は、前記認定のとおり、一日平均三二.八ないし四八.三回であり、そのうち午後一〇時から翌日午前七時までの間が一.二ないし三.二回であるから、日中は一時間に二、三回の暴露間隔であり、夜間は騒音暴露のない状態がかなり長い間続いているものということができる。そして、この点のみを捉えれば、横田飛行場周辺には難聴を惹起するに至る程度の騒音は存しないとする見解も成り立ち得ないではないように思われる。

しかしながら、騒音性難聴の発生に関しては、騒音の程度とともにこれに暴露される期間が重視されなければならないのであるが、前記のとおり、横田飛行場は極めて長い期間にわたって軍用飛行場として使用されており、しかもある時期においては周辺住民が高頻度かつ激甚なジェット機騒音に暴露されていたのである。本件においては、消滅時効との関係で昭和五四年七月二一日以降に生じた被害のみを審理の対象とすることは前述のとおりであるが、横田飛行場の周辺住民には、それが顕在化しているかどうかはともかく、過去長期間にわたる被害の蓄積があるというべきであって、これを無視して単に本件対象期間における騒音の程度や頻度だけから、騒音性難聴との関連を判断することは、騒音性難聴の特質に反し、事の本質を見誤るものといわなければならない。

そこで、本件対象期間における航空機騒音と難聴との関係については、原告ら横田飛行場周辺住民がそれ以前から継続的な騒音暴露を受けていたことを前提としたうえで、これにさらに本件対象期間中の騒音暴露が加わることが難聴の一因となり、あるいはその危険をもたらすものであるか否かを判断する必要がある。

(4) してみれば、航空機騒音は、それが間欠的なものであっても、程度次第ではTTSの発生原因となり、それが長期間継続すれば、PTSをも惹起するものであるところ、山本剛夫の前記実験結果によればTTSを生じるピークレベルの限界は七五から八〇デシベル(A)までの間にあると考えられ、五デシベルのTTSを与える場合NNIは四八ないし六〇とされていること、また、EPAの資料では居住地域等の屋外における騒音許容基準をLeq(二四)七〇デシベル(A)以下とすることが必要であると示されていること、小松飛行場における聴力検査の結果によれば、W値八五以上の騒音地域に居住する住民に聴力障害が認められ、五〇歳以下という比較的若い年齢層においても非騒音地域に比較して聴力損失が認められていること、そして、横田飛行場周辺の住民がピークレベル七五ないし八〇デシベル(A)を超える騒音に頻繁に暴露されていることは前記認定のとおりであるところ、NNI四八ないし六〇及びLeq(二四)七〇デシベル(A)をW値に換算すると、それぞれ約八三ないし九五及び約八五に相当することなどの事情を総合して考慮すれば、横田飛行場周辺においては、W値八五を超える地域に居住する住民が暴露されている航空機騒音は、聴力損失の原因ないしはその一因となり、あるいは聴力損失を惹起する現実的危険性を有する程度に達しているということができよう。

(5) そうすると、原告らがその本人尋問や陳述書で訴えている難聴は、そのすべてが横田飛行場を使用する航空機騒音に起因するものとはいえないにしても(聞こえにくさを訴える者のすべてが医学的見地からの難聴であるとは限らないし、仮に難聴であったとしても、難聴の原因は多種多様であり、その発現過程は複雑であるから、航空機騒音のみをその原因とすることはできない。)、少なくともW値八五を超える地域に居住する者の一部については、航空機騒音が難聴の一因をなしているとみるべきであるし、また、現在難聴の被害を訴えていない者についても、難聴の発生に至る程度の航空機騒音に曝されているという意味で、既に難聴の被害を訴えている者と同程度の被害を受けているものと認めるのが相当である。

(四) 次に耳鳴りについてであるが、〈証拠〉によれば、耳鳴りの本態は未だ明らかにされてはいないものの、TTSに随伴して発生する場合があることが認められているのであって、大阪空港や小松飛行場の周辺地域における調査の結果には、NNIの増加に従って耳鳴りの訴え率が高まり、あるいは騒音地域の住民に耳鳴りの訴えが多いことが表れていること(この事実は〈証拠〉によって認められる。)から考えれば、原告らの訴える耳鳴りも横田飛行場の使用によって発生する航空機騒音がその一因をなしているものというべきであろう。

2  その他の健康被害

原告らは、その他の健康被害として、頭痛、肩こり、めまい、胃腸障害、高血圧、動悸、胎児や乳幼児に対する影響、流産の危険、ホルモン系への影響、病気療養への影響を主張しているので、以下これらの点についての検討に入るが、このうち胎児や乳幼児に対する影響、流産の危険及び病気療養への影響については、原告ら全員に共通する被害ということはできず、本件における被害とするのが不適当であり、その主張自体失当であることは明らかであるから、これらの点については除外する。

(一) 〈証拠〉を総合すれば、次の各事実を認めることができる。

(1) 坂本弘ら(三重県立大学医学部衛生学教室)が昭和三三年四月から五月にかけてジェット機が飛来する飛行場周辺において行ったアンケート調査の結果に現れた周辺住民が訴える被害には、頭痛(八九パーセント)、肩こり(六九パーセント)、疲れやすさ(六二パーセント)、心悸亢進(六一パーセント)、体重減少(五七パーセント)などがあった。

(2) 東京都が昭和四五年に行った前記アンケート調査の結果によれば、身体的影響の訴えの内容(ただし、耳鳴り、耳の痛みを除く。)には頭痛、疲れやすさ、動悸、胃の不調が多く、その訴え率は、頭痛がNNI三〇台で〇.七パーセント、四〇台で六.一パーセント、五〇台で八.〇パーセント、六〇台で一〇.一パーセントであり、疲れやすさがNNI三〇台で一.三パーセント、四〇台で四.〇パーセント、五〇台で三.七パーセント、六〇台で一〇.一パーセントであった。また、動悸がNNI三〇台で二.〇パーセント、四〇台で一.六パーセント、五〇台で四.六パーセント、六〇台で七.三パーセントであり、胃の不調はNNI三〇台では訴えがなく、四〇台で三.二パーセント、五〇台で二.九パーセント、六〇台で六.五パーセントであり(胃の不調と密接な関係があるものと思われる食欲不振の訴えも、NNI三〇台にはなく、四〇台、五〇台、六〇台でそれぞれ一パーセント程であった。)、NNI三〇台と四〇台との間に有意差が認められ、騒音が激しくなるにつれて訴え率が高まることが明らかにされた。

(3) 関西都市騒音対策委員会が昭和四〇年に行った前記調査の結果によれば、頭痛や動悸の訴えは、NNIの増加に従って増加する傾向があり、NNI五五ないし五九では頭痛が九パーセント、動悸が四パーセントの訴え率であった。

(4) その他の面接等の調査の結果にも、横田飛行場周辺住民を含む飛行場周辺住民から頭痛、肩こり、めまい、胃腸障害などの身体の変調の訴えがなされており、騒音地域では住民の受診率や薬剤の購入量が多いとするものなどがある。また、ロンドン、千歳、大阪、横田の各飛行場におけるアンケート調査の結果は、NNIが増加するにつれて被害の訴えが増加し、かつその上昇の角度が似ているという点で、類似の傾向を示している。

(5) 胃腸障害に関する実験結果の報告としては、人と犬に一〇〇ないし一二〇ホンのジェットエンジンテスト音を暴露したところ、胃液量の減少、胃酸の変動や胃の運動の抑制がみられ、また、胃潰瘍が発生しやすいように処置したラットに騒音を暴露すると胃潰瘍発生率を高め、これを悪化させるとするもの、兎と犬に九五phonのブザー音を暴露したところ、胃液分泌や胃の収縮回数が減少したとするものなどがある。

(6) 呼吸、循環器等に関する実験結果の報告としては、家兎に八〇ないし一一〇ホンの騒音を一〇秒間暴露したところ、血圧の上昇、呼吸数の増加、呼吸振幅の増大、皮膚抵抗の低下の反応が現れたとするもの、兎やラットに間欠騒音を暴露すると心肥大が生じるとするもの、人に九〇デシベルの騒音を三〇分間暴露するとアテコールアミンの分泌を高め、循環器疾患者に悪影響を与えるとするもの、人に騒音を暴露すると指先脈波の振幅減少、脈拍数の変動、呼吸数の増大があったとするもの、騒音に職業的に暴露されると年とともに循環器を害するとするもの、騒音の生理機能への影響は、騒音レベルが大きいほど強く、また脈拍数の変動については連続音よりも断続音の方が影響が大きいとするものなどがあるが、他方では騒音と永久的な身体機能の障害との関係は未だ十分解明されていないとするものもある。

(7) ホルモン系への影響に関する実験結果の報告としては、九五デシベル(A)の騒音下で作業する人について、間脳―下垂体系の障害により副腎皮質ホルモンの分泌が減少するとするもの、騒音による尿中一七ケトステロイドの減少反応は副腎皮質索状層及び性腺の内分泌能力の低下によるものであり、それは一〇〇〇サイクル前後が最も著しく、九〇phon以上では確定的に、八〇phon以上では個体によって生じるとするもの、人に騒音を暴露すると副腎皮質機能の指標となる総白血球数の増加の抑制、好酸球数の減少の促進、増加の抑制、好塩基球数の増加の促進が認められ(この反応は、五五デシベル(A)で現れ、八五デシベル(A)で最も強い。)、尿中一七―Hコルチコステロイド量の増加は五五デシベル(A)では認められず、七〇デシベル(A)で最大となり、八五デシベル(A)ではかえって減少するとするものなどがある。

また、騒音が性ホルモンの異常を惹起するとの報告があるが、その内容としては、騒音により性ホルモンの分泌が増加するというものと、逆に減少するというものとがある。

(8) 原告ら及び第一、二次訴訟の原告らは、頭痛、肩こり、めまい、胃腸障害、高血圧、動悸等の被害があるとし、中には医師の治療を受けていると訴える者もいる。

(二) 以上に認定した調査、実験、研究結果は騒音と身体的被害との関係に関するものの一部にすぎず、前掲各証拠によれば、その他にもこれらの研究結果と逆の結論に至ったものもあり、また騒音の生理機能への影響を肯定しつつも、身体的影響の発現過程についての説明が食い違ったり、身体的影響には騒音レベルによる差異はないとするものなどもあるのであるが、これらの研究結果を総合すれば、概ね騒音が身体機能に及ぼす影響としては、血圧の上昇、呼吸の促進、脈拍の増加、胃液の分泌や胃の活動の抑制、皮膚抵抗の減少、血球数の変動、ホルモンの変調等があり、これらの反応は、短期間の暴露においては一過性であり、暴露が長期間に及ぶと身体疾患等の一因となるということができよう。

しかしながら、前記の難聴の場合と異なり、騒音と右身体的影響との関係は間接的、非特異的であり、騒音がストレス作因として働き、それが他の要因と相俟って何らかの症状として発現するものと解されるところ、人の生理的機能は複雑であり、精神的作用との相互関連や個体差等の条件によって大きな影響を受けるものであるうえ、前記のように長期間にわたる騒音の暴露が身体疾患等の一因となるものとして、人体による実験が困難であるとの理由などから、身体疾患が生じるためにはどれ位の期間を要し、かつどの程度の騒音レベルや頻度が必要であるかといった点に関しても明らかにされているとはいえないのであるから、仮に航空機騒音がその一因となっている可能性があるとしても、その身体的影響に対する寄与の有無や程度を具体的に認定することは困難であるといわなければならない(原告らがその代表例として挙げる工藤荒五郎の場合も、航空機騒音が同人の身体的疾患の原因であったと断定することはできない。)。

したがって、原告ら及び第一、二次訴訟の原告らの多くが本人尋問や陳述書において頭痛、肩こり、めまい、胃腸障害等の身体的影響を訴え、また、原告らの中には実際に高血圧、胃腸障害等により医師の治療を受けた者がいるとしても、このことから直ちに航空機騒音がその原因であるとすることはできない。

(三) もっとも、ストレスが高血圧、胃腸障害、動悸等の原因あるいはこれを悪化させる原因となり得るものであり、またこれらの症状が心臓疾患等のより重篤な疾病へと発展する場合があることは広く知られたところであり、航空機騒音がストレス作因となることも明らかであるといえる。そして、右に認定した調査、実験、研究結果や原告らその他の飛行場周辺住民の訴え、前記航空機騒音の程度や頻度等を総合して考慮すれば、原告らは、横田飛行場を使用する航空機の発する騒音によって、少なくとも高血圧、胃腸障害、動悸等ひいては心臓疾患等の重篤な疾病へと発展する可能性あるいはその危険性を有するストレスに直結する身体的状態におかれているものといってもよいであろう。

とはいえ、人の生理反応は複雑であり、また個人差もあることから、原告らのすべてが航空機騒音をストレスとして意識しているとは限らないし、身体的な症状として発現しない者がいることも推測できるのであるが、本人が意識せず、あるいは具体的な症状として発現していない場合であっても航空機騒音による影響がないとはいえないのであるから、これらのことから直ちに原告らの被害を否定することはできないというべきである。

(四) そうすると、原告らの主張する個々の身体的被害と航空機騒音との関係は必ずしも明らかではないものの、原告らが航空機騒音によってこれらの身体的被害発生の可能性ないしは危険性を有する身体的状態におかれているということはできるのであるから、その限度で航空機騒音による被害を認めるのが相当である。

そして、このような被害は間接的にではあるものの、人の身体という最も重要な法益の脅威となるものであるから、人格権としての法的保護の対象になることはいうまでもない。

3  原告らは、その他の身体的被害として、排気ガスによる気管支疾患を主張するが、前記のとおり、横田飛行場周辺の排気ガス汚染については十分な資料がないうえ、汚染の被害を受ける地域は横田飛行場に近接する一部の地域に限られると考えられるのであるから、排気ガスの汚染を原因とする損害は、原告ら全員に共通する被害とはいえないというべきである。

よって、原告らの右主張は失当といわなければならない。

五日常生活の妨害

1  原告らは、横田飛行場の航空機騒音等による日常生活の妨害として、会話妨害、電話の聴取妨害、テレビ、ラジオ等の視聴妨害、思考の中断や読書妨害、思考の中断や読書妨害、親戚や友人付合いの妨害、作業妨害、交通事故の危険、育児妨害を挙げるが、このうちの育児妨害については、仮にこのような事実があったとしても原告ら全員に共通する被害とすることはできないのであるから、これを除外することとし、以下その余の主張についてのみ判断する。

〈証拠〉を総合すれば、次の各事実を認めることができる。

(一) 東京都が昭和四五年に行った前記アンケート調査の結果によれば、家族との会話の妨害を訴える者はNNI四〇台で五〇パーセントあり、NNI五〇台では会話を中断せざるを得ないとする者が七〇パーセントとなり、NNI六〇台ではこれが九〇パーセントに達し、電話の聴取妨害ではこの傾向がさらに強い。また、テレビ、ラジオ、レコードの視聴について支障ありとする者は、NNI四〇台で七〇パーセント、五〇台で九〇パーセントとなり、テレビ画面のちらつきを訴える者はNNI四〇台で六〇パーセント近く、六〇台では八〇パーセントに及んでいる。思考の中断や読書妨害の訴え率は前三者よりやや低く、NNI四〇台で四〇パーセントあり、NNI五〇台で七〇パーセントとなり、NNI六〇台で八〇パーセントであった。そして、その妨害の程度(邪魔の程度)についても、NNIの増加に従って増大することが明らかにされた。

右各妨害の原因となる騒音源について、会話妨害を訴えた者の八七.二パーセントが回答を寄せているが、騒音源を航空機とする者が最も多く六六パーセントを占め、第二位の自動車とする者(一六パーセント)の四倍以上であり、また、エンジンテストを挙げる者も一三パーセントに達しており、この比率は、他の被害に関しても大体同じであった。そして、NNIが低下するに従って、騒音源として自動車を挙げる者が増える傾向が認められた。

(二) 関西都市騒音対策委員会が昭和四〇年に行った前記調査の結果によれば、思考や読書に対する妨害の訴え率とNNIとの間には相関関係があり、NNI三五でかなり邪魔になるとの訴えが五〇パーセントを超え、子供の勉強に対する妨害の訴え率は、NNIの増加に従って急角度で上昇し、NNI三五で六五パーセントに達した。

そして、横田、大阪、千歳及びロンドンの各飛行場周辺における住民調査の結果を比較すると、横田と大阪とは概ね一致し、千歳及びロンドンとは多少異なる点もあるが、NNIの増大とともに訴え率も増加すること、NNIの増大による訴え率の上昇角度が似ていることなどの類似性が認められた。

(三) 騒音が音声伝達に与える影響についての研究結果には、次のようなものがある。

(1) 小林陽太郎ら(厚生省国立厚生衛生院)の研究結果によれば、教師の会話レベルを七〇デシベル(C)とした場合に学校教室内の明瞭度を八〇ないし八五パーセントに維持するために許される騒音度分布中央値は五〇ないし五五デシベル(C)であり、会話レベルを八〇デシベル(C)とした場合でも八五パーセントの明瞭度を得るための許容騒音レベルは六〇デシベル(C)とされている。

(2) 厚生省国立厚生衛生院が録音再生による七〇及び八〇デシベル(A)のジェット機騒音を用いて行った実験によれば、S/N比(信号音レベル(signal level)と騒音レベル(noise level)との相対比)が同一の場合には離陸音より着陸音の方が影響が大きくなりそうなこと、S/Nマイナス五デシベル(A)までは文意の理解が可能でありそうなことが認められた。

(3) その他の諸外国における研究結果には、ラジオやテレビの聴取における了解度はほぼ七六デシベル(A)の騒音レベルで急激に落ち込むこと、普通の状態で快適なレベルの会話は航空機騒音のピークレベルが七六デシベル(A)を超えると理解度が明らかに悪化するとするもの、会話妨害の訴え率によって表された航空機騒音に対するアノイアンス(うるささ、やかましさの感覚)は最低一日に三回以上飛行する航空機のうち最大のデシベル(A)で示された騒音のピークレベルと密接な関係があり、二四時間に五〇回以上の暴露回数の地域においては、アノイアンスは暴露回数とは無関係でデシベル(A)で示された騒音のピークレベルのみが影響を与えること、航空機騒音の許容度については七七デシベル(A)で五〇パーセントの被験者が非許容を感じたことが認められたとするものなどがある。

(四) また、騒音が学習等の知的作業に与える妨害についての研究結果には、次のようなものがある。

(1) 長田泰公ら(国立公衆衛生院生理衛生学部)の録音再生によるジェット機騒音、新幹線騒音及びピンクノイズを暴露した実験において、ランプの点灯に対する選択反応の場合は五〇ないし八〇デシベル(A)で無音のときよりも促進的、覚醒的に作用し、時間再生の場合は新幹線騒音を除いて差異がなく、図形数え作業の場合は成績が悪化し、航空機騒音の方が新幹線騒音よりも妨害的であったことなどから、騒音はある程度までは精神作業を促進するが、作業が複雑になったり、長引いたりすると妨害的に作用するとされた。

(2) その他諸外国における研究結果には、ロンドンの飛行場周辺の学校における影響について六五デシベル(A)になると話の中断が生じ、これが七〇デシベル(A)では二五パーセント、七五デシベル(A)では四〇パーセントに達するとするもの、騒音レベルと一学年下の能力しかない児童の割合とは量反応関係にあり、最も騒音の激しい学校ではこのような児童の割合の増加分は三.六パーセントであったとするものなどがある。

(五) 原告ら及び第一、二次訴訟原告らは、本人尋問及び陳述書において、横田飛行場から生じる航空機騒音により、家族、知人、友人や顧客との会話が中断されること、会話が大声になること、夕食時や夕食後の団欒が破壊されること、家庭生活が破壊されること、電話での通話が妨害されること、テレビ、ラジオの聴取が妨害されること、公共放送が聞こえなくなること、家庭での学習、読書、作文、趣味や思考が妨害されること、親戚や友人との付合いが妨げられること、農業や精密作業が妨害されること、自動車の警報や列車の接近音がかき消されるため交通事故の危険にさらされていることなどを訴えている。

2  右に掲げた研究結果は、本件証拠に現れた研究成果の一部にとどまるのであるが、いずれも騒音が音声の伝達や日常生活の妨げとなり、あるいは精神作業を妨害する原因となることを認めるものであるが、このようなことは我々も日常生活においてしばしば経験するところであることを考えれば、これらの研究結果は経験則上もこれを肯認することができるものというべきである。

そして、前記認定のとおり、原告らの居住地域における航空機騒音は、右の各研究結果において許容限度とされる値を大幅に上回っているのであるから、原告らが会話妨害、電話の聴取妨害、テレビ、ラジオ等の視聴妨害、思考の中断や読書妨害、作業妨害などの被害を訴えることは十分に理解し得るところである。また、そのような状況下にあれば、航空機騒音を敬遠して親戚や友人が原告らの居宅の訪問やそこでの宿泊を避け、しだいにその関係が疎遠になるなど親戚や友人付合いに支障を生じたり、航空機騒音のために自動車の警報や列車の接近音に気付かず交通事故の危険にさらされたりすることもあり得るであろうことも一概に否定し得ないものというべきである(もっとも、本件に顕れた証拠だけでは、原告らが主張するように、金谷新らの踏切事故の原因が航空機騒音であったと断定することはできない。)。

そうすると、原告らの前記各訴えは、いずれも信用に値するというべきことになり、原告らは、陳述書等でこれらの被害を訴えているか否かはともかくとして、横田飛行場から生じる航空機騒音によって、一様に会話妨害、電話の聴取妨害、テレビ、ラジオ等の視聴妨害、思考の中断や読書妨害、親戚や友人付合いの妨害、作業妨害、交通事故の危険といった日常生活の妨害を受けているか、少なくともこのような被害が発生すべき状況におかれているという意味での被害を受けているとすることができる。

3  そこで、これらの被害が原告らの人格権の侵害に該るとすることができるか否かについてであるが、一般に日常生活の妨害というとき、そこには多種多様な被害が含まれているのであるが、そのうち日常生活における多少の支障や不便あるいは軽微な不快感といった程度のものが損害賠償請求の原因としての人格権侵害に該当しないことはいうまでもない。

しかしながら、原告らの受けている被害は、前記のとおり、会話妨害や電話の聴取妨害といっても、それは会話の中断を余儀なくされる程度に至っているのであるし、趣味や学習の中断、人間関係の破壊による苦痛も甚だしいものがあるであろう。そして、さらに交通事故の危険のように、生命、身体の侵害に直接連なる危険をも包含しているものであることを考えれば、相当深刻な状況にあると評することができるのであり、このような深刻な被害については、人格権の侵害として、損害賠償請求の対象になるとするのが相当である。

六その余の被害

原告らは、その余の被害として、排気ガスによる洗濯物の汚れ、振動による家屋の損傷、教育環境や都市環境、生活環境の破壊等を主張する。

しかしながら、排気ガスによる汚染が原告ら全員の居住地に共通するものとはいえないことは先に述べたとおりであるし、振動による家屋の損傷については、本来損害の程度や額を具体的に立証したうえで財産的損害としてその賠償を請求すべき問題であり、財産的損害が賠償されれば同時に精神的損害も填補される性質のものであるにもかかわらず、そのような具体的な主張や立証もせずに、しかも原告ら全員に共通する被害として慰謝料請求の原因とするというのは筋違いというべきである。また、原告らの主張する教育環境の破壊は子供の教育に関するものであるから、事柄の性質上原告ら全員に共通するものとはいえないし、都市環境の破壊も原告らの個人的な権利に対する侵害とすることはできない。さらに、堀向地区の集団移転を理由とする生活環境の破壊についても同断であり、ジェット機の燃料の流出についても、本件対象期間を通じてそのような具体的な危険性があったことを認めるに足りる証拠はない。

以上述べたとおりであるから、原告らの右各主張は、主張自体失当であるか、あるいはその理由がないことが明らかであるといわなければならない。

七結び

以上判示のとおり、原告らの受けている被害として認められるのは、睡眠妨害、心理的、情緒的被害、身体的被害の可能性や危険性を有する身体的状態及び日常生活の妨害であるが、前記各アンケート調査における騒音と被害の訴え率との関係や実験の結果、原告らが暴露されている航空機騒音等の程度や頻度等を総合すれば、これらの被害は原告らの居住地域の全般にわたって発生し得るものということができる。そして、原告らのうちでW値八五以上の地域に居住する者については、右の被害に加えて難聴等の聴力損失や耳鳴りの現実的危険性を有する身体的状態も生じているということができる。

なお、被告は、人の騒音に対する慣れによってこれらの被害が解消ないしは軽減される旨を主張するので、この点について検討するに、確かに、前記の実験や調査の結果には慣れの存在を窺わせるものもあるが、慣れの実体については十分解明されているとはいえないばかりでなく、前記睡眠妨害のところで認定したように、本人は十分に眠ることができたと思っていたにもかかわらず、身体の生理機能は影響を受けていたということもあるのであって、仮に慣れが生じるとしても、そのことから直ちに被害が軽減または解消するということはできないというべきである。のみならず、本件のような不法行為を原因とする損害賠償請求において、侵害行為の反復、継続に伴う侵害結果に対する慣れを理由に行為者の責任を否定または軽減することは著しく公平を欠く結果をもたらす場合があることを考えれば、本件における原告らの被害の認定に関して、慣れの影響を考慮することは相当でないというべきである。

第八騒音対策

一はじめに

これまで述べてきたように、原告らの被害の発生源である侵害行為は、航空機騒音及び振動であるということができる。そこで、以下に被告または米軍が実施してきた諸対策のうち、これらの侵害行為を除去、緩和し、あるいはその被害を解消、軽減すると被告の主張するものについて検討することとする。

被告は、騒音対策として、障害防止工事の助成、横田飛行場周辺の生活環境の整備等種々の方策を実施したことを主張するが、そのうち侵害行為の除去、緩和、被害の解消、軽減に関係があると思われるものは、住宅防音工事に対する助成等の生活環境の整備や騒音用電話機の設置等の周辺対策及び運航対策等の音源対策であるから、これらの点を中心にして検討する。

なお、航空機騒音及び振動は、発生源を共通にするものであり、これに対する対策も概ね重複することから、以下の検討にあたっては、特に両者を区別しない。

二周辺対策

(一)  〈証拠〉を総合すれば、次の各事実を認めることができる。

(1) 昭和四一年七月二六日の周辺整備法施行以前の周辺対策は、特損法により米軍の特定の行為によって生ずる農林漁業等の経営上の損失を補償するとともに、行政措置により防災工事、道路整備、住宅移転の補償等が行われてきたが、周辺整備法施行後は、これらの事項を法制化した同法が周辺対策の根拠とされるようになった。その後昭和四〇年代における防衛施設周辺の都市化の進展等の事情の変化により、防衛施設の設置、運営と周辺地域社会との調和を計る目的から生活環境整備法が制定されるに至り、住宅防音工事や緑地帯整備の法制化等生活環境整備の諸施策が強化、拡充され、昭和四九年六月二七日の同法施行以降は、この法律に基づいて諸施策が実施されている。

(2) 生活環境整備法は、四条で住宅防音工事の助成施策実施の対象としての第一種区域を、五条で移転補償等の施策実施の対象としての第二種区域を、それぞれ防衛施設庁長官が指定するものとして、防衛施設庁長官は、これらの規定に基づき、横田飛行場周辺地域において、第一種区域(W値八五以上の区域)及び第二種区域(W値九〇以上の区域)を指定し、昭和五四年八月三一日に告示したが、その後第一種区域については、昭和五五年九月一〇日の告示でW値八〇以上の区域に昭和五九年三月三一日の告示でW値七五以上の区域に、それぞれ拡張された。また、周辺整備法五条一項に基づき移転補償の対象として指定された区域も、生活環境整備法上の第二種区域とみなされることとされている。

右区域指定は、同法施行令八条、昭和四九年六月二七日総理府令一条所定の方法で算出されたW値に基づいて作成された騒音コンター(等音線)を基準に、道路や河川等現地の状況を勘案したうえで、概ねその外側にある程度の幅をもって指定されている。右W値の算出は、昭和四八年環境基準に指示されている

の計算式によるもので(生活環境整備法、同法施行令もこの計算式に従っており、公共用飛行場の騒音の算出方法も同じである。なお、右のNは飛行回数であるが、午前零時から七時まで及び午後一〇時から一二時までの実際の回数の一〇倍、午後七時から一〇時までの三倍として算出することとされている。)、横田飛行場が軍用飛行場であるとの特殊性を考慮して、一日の平均飛行回数Nの算出については累積度数九〇パーセントを採用し、二回の予備調査の後に行った固定点測定や移動点測定による本調査で実測した航空機騒音の騒音レベルに基づいたもので、その右区域指定の状況は別冊「被告の主張」第8図記載のとおりである。

なお、生活環境整備法は、そのほかに第三種区域の指定を予定しているが、横田飛行場周辺においては、第三種区域として指定された区域はない。

(3) 移転措置は、第二種区域指定の際に当該区域に現在する建物等の所有者がその建物等を同区域外に移転し、または除去する場合、その申出に基づき、建物や動産等の移転補償及び同区域にある宅地等の買取りもその内容とするもので、昭和六二年度までの実績は、移転済戸数五九七戸、買収済土地四一万八九五二平方メートルで、これに要した費用は一〇〇億四九四四万九〇〇〇円である。

なお、原告らのうちで昭和六二年度までに被告の移転補償を受けて移転した者及びその内訳は、同第8表記載のとおりである。

(4) 被告は、昭和五〇年度から、右移転措置実施後の跡地について、生活環境整備法六条及び同条の趣旨に従い、昭和六二年度までに、六億四九五四万三〇〇〇円の費用を支出して、五〇万三二一九平方メートルの土地に、ヤエザクラ、コブシ、サルスベリ等九万二三四五本の樹木を植栽し、緑化対策を行ってきた。

被告は、この緑化整備が地上音の防止、軽減に役立つと主張するが、その効果を具体的に示す証拠はない。

(5) 住宅防音工事は、生活環境整備法で新たに採用され、昭和五〇年度から横田飛行場周辺においても実施されている措置であり、被告が最も重点を置く周辺対策のひとつとして、その趣旨や内容、申請手続きなどについて周知徹底を図るべく広報活動を行っているものである。そして、その対象となるのは、第一種区域指定の際に当該区域内に現在する住宅である。

補助金交付の対象となる住宅防音工事は、家族数が四人以下の場合は一室、五人以上の場合は二室(昭和五二年度までは一世帯一室を原則とし、五人以上の家族数で、六五歳以上の者、三歳未満の者、心身障害者または長期療養者が同居する世帯については二室とされていた。)であるが、終局的な目標は全室防音化(家族数に一を加えた室数、ただし、五室を限度とする。)であり、これは、新規工事として右一室あるいは二室の防音工事を実施した後に、追加工事として施されるものとされているが、既に一部では実施されている。

住宅防音工事の内容は、外部、内部開口部、外壁または内壁や室内天井面の遮音、吸音工事及び冷暖房機、換気扇を取り付ける空調工事であって、防衛施設周辺住宅防音事業工事標準仕方書に従って行われるもので、対象住宅を木造系と鉄筋コンクリート系に大別したうえ、それぞれ第一工法(W値八〇以上の区域の住宅に施される工法で、二五デシベル(A)以上の防音効果を目標とする。)と第二工法(W値七五以上八〇未満の区域の住宅に施される工法で、二〇デシベル(A)以上の防音効果を目標とする。)に区分されており、第二種区域にある住宅については、第一工法を基本としたうえで、さらに必要な工事を付加するなどして防音効果の強化を目指している。

この住宅防音工事に対する補助率は一〇分の一〇とされており(もっとも、最高限度額が定められ、例えば昭和五七年度以降はW値七五以上八〇未満の地域の都市型住宅については一三〇万円、農村型住宅については一四〇万円、W値八〇以上の地域の都市型住宅については二〇五万円、農村型住宅については二四〇万円(いずれも一室の場合)とされているが、開口部が通常の面積規模に比べて特に大きいとか、建物の構造が特異であるとかいった特殊な場合も除いて個人負担が生じることはない。)、被告が対象住宅所有者に対して工事費用相当額を補助金として交付するものである。

右住宅防音工事の実績は、昭和六二年度までに、補助金交付を希望する約三万戸のうち二万九六四七戸(うち追加工事は三一二五戸)に対する工事が完了し、被告の支出した補助金総額は、五〇九億九四九二万二〇〇〇円に達しており、前記のとおり、第一種区域の範囲が拡張されたことなどから、補助金交付申請者は年毎に増加する傾向がみられる。しかしながら、予算上の制約などから、一挙にその全部に対して補助金を交付することは困難であり、順次工事を進めていかざるを得ないが、ここ数年の実績をみると、新規及び追加工事を含めて年間およそ四〇〇〇戸程度の割合で工事が進捗している状況にある。

なお、原告らのうちで昭和六二年度までに被告の助成を受けて住宅防音工事を完了した者及びその内訳は、同表記載のとおりである。

(6) 被告は、横田飛行場に近接する地域において、昭和四六年度以降騒音用電話機の設置措置を実施し、また、昭和四五年度以降テレビ受信料(半額)の助成措置を、それぞれ行政措置として実施している。これらの措置の昭和六二年度までの実績とこれに要した費用は、騒音用電話機については九七九六件四八四七万六〇〇〇円、テレビ受信料の助成については延五九万七三一九件二六億二三一二万四〇〇〇円であり、原告らのうちで、これらの措置を受けた者及びその内訳は、同表記載のとおりである。

騒音用電話機は、通常の電話機が八〇デシベル(A)を超える騒音の中での通話が困難になるのに対し、九〇デシベル(A)の騒音でも良好な通話ができ、これが一〇〇デシベル(A)に達しても通話が可能なものとされているが、騒音用電話機を設置した者の中にはほとんど効果がないという者もおり、昭和五八年度以降は住民からの設置申請はない。また、テレビ受信料の助成についても、全額を支払ってもいいからきれいな画面でテレビを見たいとの声が強い。

(二)  ところで、前記住宅防音工事の効果であるが、証人佐藤俊夫は前記仕方書は二〇ないし二五デシベル(A)程度の防音効果があることを見込んで作成されており、工事完成後の住宅で雑音発生機による効果測定実施したところ、第一工法の場合につき二五ないし三五デシベル(A)の防音効果が認められた旨を証言している。

しかしながら、現地における検証(第四、五回)の際に行った騒音測定の結果によれば、吉田正彦方(原告吉田めぐみ外二名方)、原告野田一也方、原告藤尾キヨ子方における窓を閉め切った状態の防音室と屋外との騒音レベルの差異はおよそ二〇ないし三〇デシベル(A)程であったのに対し、原告鈴木四郎方における窓を開放した状態の非防音室及び原告松本辰夫方における窓を開放した状態の防音室と屋外との騒音レベルの差異はほぼ一五デシベル(A)程であったのであり、この結果からすれば、建物自体の遮音効果としては、窓を閉め切った状態でおよそ二〇デシベル(A)程度はあるものと考えられるのであるから、防音工事そのものによる防音効果としては、およそ一〇デシベル(A)程度にとどまるものといわざるを得ないであろう。

三音源対策

音源対策は、騒音をその発生源で抑制するもので、騒音対策としては最も効果的であり、その内容としては、航空機の低騒音化、運航方法の改善、防音壁や防音堤の設置等があるが、横田飛行場においては防音壁や防音堤は設置されていない(この事実は、当事者間に争いがない。)。

そこで、以下航空機の低騒音化及び運航方法の改善について検討するが、〈証拠〉によれば、次の各事実を認めることができる。

1  航空機の低騒音化については、横田飛行場が軍用飛行場であり、これを使用する航空機が軍用機であることから、民間機のような騒音証明制度の適用がなく、その行動能力を減少せしめるような低騒音機の導入は期待し難い(性能上の極限値を追求し、戦闘行動能力が最も重視される軍用機については、エンジン、プロペラ等の航空機の構造上の音源対策を施す余地が極めて少ないことは被告も自認するところである。)。もっとも、前記認定のとおり、昭和六〇年からはそれまで常駐していたT三九に代わり低騒音化されたC二一Sが導入され、その限りにおいて航空機騒音の減少に役立っていることは、これを認めることができる(この導入が、航空機騒音の低減を目的としたものかどうかは明らかではないが、航空機騒音の減少に寄与していることは事実であろう。)。

2  運航方法の改善には、離着陸の方法、滑走路の使用方法、飛行経路の選定等の改変があるが、横田飛行場が米軍の専権的使用、運営下にあることから、被告が一方的にこれらの規制措置を実施することはできず、被告が採り得る方法としては、外交交渉や日米合同委員会における協議によって、アメリカ合衆国の合意を取りつけること以外にはないということができよう。

この点の実績としては、日米合同委員会の航空機騒音対策分科委員会での協議に基づき、昭和三九年四月一七日に同委員会で成立した横田飛行場における航空機騒音の軽減に関する規制措置についての合意があるが、この合意の主な内容は、ジェットエンジンテスト作業(テストセル及びトリムパッド)の際の消音装置の設置、使用及び右消音装置の設置に至るまでの間の同テスト作業時間等に関する規制、夜間訓練飛行は必要最小限にし、できる限り早い時間に終了すること、日曜日の訓練飛行は最小限にすること、ジェット機は最低平均海面上二〇〇〇フィートを維持し、すべての航空機の速度はマッハ一未満とするなど飛行高度や速度等飛行場周辺における運航方法の規制、アフターバーナの使用規制等であった。

この合意の履践状況やその効果は、それ以前の騒音の程度を示す客観的資料が乏しいため、必ずしも明確ではないが、前記のとおり、昭和四五年以降の航空機騒音の発生回数が一日平均、夜間ともに減少していることなどから、ある程度の効果はあったものと考えられるが、その反面右合意成立後の昭和三九年一二月二三日に昭島市拝島町においてF一〇五戦闘機の超音速低空飛行で発した衝撃波により公衆浴場や民家の窓ガラスや建物の外壁を破損する事故が発生したことがあり、また、昭和五八年一月以降航空母艦艦載機の夜間訓練飛行として横田飛行場でタッチ・アンド・ゴーが行われるなど(これらの事実は、〈証拠〉によって認めることができる。)など、右合意内容が誠実に履践されているとはいえない点も窺われる。

さらに、右合意が、ベトナム戦争中、横田飛行場が戦闘基地として使用されていた際にジェット機の騒音に対する住民の不満が高まったことに対処するためになされたものであり、その後二五年近い年月が経過して、横田飛行場周辺の環境が変わり、横田飛行場の性格も中継輸送基地へとの変貌を遂げ、使用されている航空機の種類も大きく変化するなど、現在の状況がこの合意の背景となった当時の状況と一変しているにもかかわらず、アメリカ合衆国に対してその内容の改定を働きかけるなど、被告が日米合同委員会において現状に合致した騒音対策を定立させようとした形跡はない。

四結び

右に述べてきたように、被告及び米軍が実施してきた騒音対策のうちで、一応の効果があると認められるものは、住宅防音工事の助成、航空機の低騒音化及び日米合同委員会での運航方法の規制に関する合意であるが、航空機の低騒音化や日米合同委員会での合意による効果は右認定の程度の如きものにすぎない。そして、住宅防音工事は、前記のとおり、窓を閉め切った状態で一〇デシベル(A)程度の防音効果があることから、日常生活ことに夜間の睡眠妨害の緩和には相応の効果があろうことが推測されるものの、未だ全室防音化が完全には達成されていないことや日常生活においては防音室以外での生活が必要とされること、一日中窓を閉め切った状態を保つことは期待し難いことなどの事情を考慮するとき、住宅防音工事によって原告らの受けている被害が解消されたとすることはできず、その効果は、原告の被害の一部分につき、これを軽減するにすぎないものというべきである。

第九受忍限度

一はじめに

本件は、民特法二条に基づく損害賠償請求であると解すべきことは先に述べたとおりであるが、本件においては、同条にいう土地の工作物その他の物件の設置または管理の瑕疵とは、横田飛行場がその供用目的に沿って利用されることとの関連において、すなわち横田飛行場に離着陸する航空機が発する騒音等が原告らに対し、その受忍限度を超える侵害行為を生ずる場合に該当することを指すものと解すべきである。

そこで、以下これまでに述べてきた侵害行為や原告らが受けている被害を前提として、これが受忍限度を超えるものであるか否かについての検討に入るが、被告は、受忍限度を判断する際に考慮すべき要素として、侵害行為と被侵害利益との相互関係、横田飛行場使用の公共性、地域性、先(後)住関係及び危険への接近、損害回避のために被告が講じた措置を挙げているので、以下の判断にあたっては、先ず我が国の環境基準や各国の規制の状況等を概観したうえで、これらの被告の主張を中心に検討を進めることとする。

二環境基準及び各国の規制の状況等

1  〈証拠〉によれば、次の各事実を認めることができる。

(一) 我が国の公害対策の基本法は、昭和四二年に公布、施行された公害対策基本法であるが、同法は、公害対策の総合的な推進を図ることを目的として制定されたもので、政府に対し、大気汚染、水質汚濁及び騒音に係る環境基準の設定を求めている(同法九条一項)。

(二) 航空機騒音に係る環境基準(昭和四八年環境庁告示第一五四号)は、公害対策基本法第九条に基づいて設定されたもので、飛行場周辺地域のうち、専ら住居の用に供される地域(類型Ⅰ)においてはW値七〇以下、類型Ⅰ以外で通常の生活を保護する必要のある地域(類型Ⅱ)においてはW値七五以下を基準値とし(類型Ⅰ、Ⅱは、都道府県知事が指定することとされている。)、空港整備法所定の第一ないし第三種の飛行場の区分に応じてこの基準値の達成期間を定めているが、これによると、第三種空港及びこれに準ずる飛行場については直ちに、福岡空港を除く第二種空港については五年または一〇年以内に、新東京国際空港については一〇年以内に、新東京国際空港を除く第一種空港及び福岡空港については一〇年を超える期間内に可及的速やかにとされている。そして、右達成期間が五年を超える飛行場については、中間段階における達成目標として、五年以内にW値を八五未満とし、W値が八五以上の地域においては屋内で六五以下とすること、達成期間が一〇年を超える飛行場については、右五年以内の達成目標に加えて、一〇年以内にW値を七五未満とし、W値が七五以上の地域においては屋内で六〇以下とすることと定められている。

環境基準がこのような値と定められたのは、聴力損失など人の健康に係る障害をもたらさないことはもとより、日常生活において睡眠障害、会話妨害、不快感などをきたさないことを基本目標とするとともに、航空機の騒音が広範囲に及ぶこと、その他輸送の国際性、安全性などを考慮したことによるものであり、W値七〇は、道路騒音等一般騒音の中央値と比較した場合には、各種の生活妨害の訴え率からみると、ほぼ六〇デシベル(A)に相当し、また、一日の総騒音量でみると、連続騒音の七〇PNデシベルと等価であり、一般騒音のPNデシベルとデシベル(A)との差及びパワー平均と中央値との差を考慮すると、ほぼ右一般騒音の中音値の五五デシベル(A)に相当することから、このW値七〇の値が採用されたものである(なお、W値七〇は、機数二〇〇機の場合およそNNI四〇に、二五機の場合およそNNI三五に相当する。)。そして、一般騒音に関する環境基準が地域類型別に定められていることに対応して、航空機騒音に関しても、類型Ⅰ、Ⅱの地域に区分し、類型Ⅰの地域の基準値を右W値七〇とするとともに、類型Ⅱの地域については、訴え率からみて一般騒音の上限値である中央値六五デシベル(A)に相当するW値七五の値が採用されたものである。

(三) 右環境基準値は、公共用飛行場についての基準であると同時に、自衛隊及び米軍が使用する飛行場についても類似の条件下にある公共用飛行場に準じて、その維持、達成に努力すべきものとされており、東京都知事は、これを受けて、昭和五一、五二年の実態調査により作成された騒音コンターに基づき、昭和五三年三月に横田飛行場周辺における地域類型を指定し、これを告示した。この指定によると、環境基準適用地域は、横田飛行場の滑走路の中心線から東側二〇〇メートル、西側三〇〇〇メートルの滑走路と平行な二本の直線、東京都と埼玉県との境界線及び八王子市と町田市との境界線によって囲まれた地域から米軍に提供されている施設及び区域を除く地域とされ、この適用地域のうち都市計画法上の第一種、第二種住居専用地域、住居地域及び無指定地域を類型Ⅰに、近隣商業地域、商業地域、準工業地域及び工業地域を類型Ⅱとするものとされている。また、被告は、昭和四八年度の測定資料や横田飛行場の離着陸回数、周辺の人家の密集度等を考慮して、前記環境基準の達成期間について、横田飛行場は新東京国際空港を除く第一種空港及び福岡空港の区分に相当するものと定めた。

2  航空機騒音に関する諸外国の規制を概観するに、アメリカ合衆国においては、一九七二年の騒音規制法に基づいて前記EPAが望ましい環境騒音レベルを設定したが、これに示された生活妨害を生じさせないためのレベルは、屋外でLdnが五五デシベル(A)以下、屋内で四五デシベル(A)以下とされているが、Ldn五五はW値に換算するとおよそ七〇に相当する。

英国において、一九七三年に環境大臣及びウェールズ省大臣から各地方自治体に発せられた通達によって、空港周辺地域をNNIにより四区域に区分し、それぞれの地域における土地利用が勧告されたが、これによると、住宅の建築に何の制限も受けないための環境騒音レベルは、NNI四〇以下とされている。NNI四〇は、ほぼW値七五に相当する。

西ドイツにおける土地の利用計画について、内務大臣は、Leq六二デシベル(A)以上の地域には住宅を建築すべきではないと勧告しているが、Leq六二デシベル(A)は、およそW値七七に相当する。

スイス及びオランダにおける住宅に防音対策を施すことが要求される環境騒音レベルの下限は、スイスではNNI四五(W値約八〇)、オランダではNNI四〇(W値約七五)とされている。

三公共性

1  被告は、横田飛行場が安保条約に基づく日米安全保障体制の下において、あらゆる点からみて、日本本土における最も重要な地位を占める施設のひとつであって、米第五空軍の指揮中枢として、また、アメリカ合衆国から東南アジアに至る北太平洋空輸ルートの輸送中継基地として日本本土における唯一のものであり、在日米軍はもとより、世界各地に展開している米軍を有機的に結び付けるための極めて重要かつ不可欠の役割を果たしているものであるから、横田飛行場の使用は我が国の防衛上極めて重要であり、横田飛行場使用の必要性は、他の行政上の公共性に比して、格段に高い優先順位を占め、その公共性が極めて高度であると主張する。

2  確かに、現在の我が国の国防は、安保条約に基づく日米安全保障体制に依拠しており、前記のとおり、横田飛行場が安保条約によってアメリカ合衆国に提供された施設、区域であることを考えれば、米軍の横田飛行場使用が我が国の国防に関わることは明らかであり、その意味において、国民全体の利益につながる公共性があるということができる(原告らは、騒音は単純な物理現象であって、騒音自体に公共性のあるものとないものとの区別があるはずはないと主張するかのようであるが、いうまでもなく、ここに論ずる公共性とは、航空機騒音等の発生原因となる横田飛行場の使用に関するものであり、物理的現象としての騒音それ自体の公共性を問題としているわけではない。)。

そして、損害賠償請求の成否に関し、受忍限度を判断するにあたっては、騒音発生の原因となる行為の公共性の有無及びその程度もひとつの要素になると解すべきであるから、右に述べた米軍による横田飛行場使用が我が国の国防に関わりを有するという意味における公共性も当然に斟酌すべきものとするのが相当である。

しかしながら、その公共性が極めて高度であるか否か、あるいはそれが他の行政上の公共性に比して格段に高い優先順位を占めるものであるか否かはともかくとして、米軍による横田飛行場使用によって周辺住民に少なからぬ被害を及ぼしていることもまた動かし難い事実であり、ことに、横田飛行場はその性質上、深夜及び早朝の飛行を規制することが難しく、最近においても午後一〇時から翌日の午前七時までの時間帯に、平均一ないし三回程度の飛行があり、原告ら周辺住民の睡眠を妨害しているなど、横田飛行場周辺では、これらの時間帯に飛行がない他の民間飛行場周辺よりも一層大きな被害を発生させていることを無視することはできないのである。このように、横田飛行場の使用をめぐる公共性利益の実現は、原告ら周辺住民という限られた一部少数者の特別の犠牲のうえでのみ可能なのであるから、原告らが横田飛行場使用の公共性を理由にその損害の賠償を受けられないとすれば、横田飛行場使用によって利益を享受する国民全体と損害を被る原告らとの間に生じている不公平を無視し、これを放置するという極めて不当な結果をもたらすことになってしまうということができよう。

したがって、横田飛行場の使用については、前記のとおり、公共性を認めることができるものの、それは、受忍限度判断の際に考慮さるべき一要素にとどまり、これを理由に原告らの損害賠償請求を否定することは許されないものというべきである。

四地域性、先(後)住関係及び危険への接近

1  まず、地域性、先(後)住関係について検討する。

(一) 被告は、本件に地域性、先(後)住関係の理論の適用を求め、横田飛行場周辺地域が早くから飛行場地域としての特性を有し、航空機騒音等を抱える環境であることすることについての社会的承認を得ており、この地域がそのような環境下にあることの法秩序適合性が生じているのであるから、原告らは航空機騒音等による環境の悪化に基づく法的責任を追求することができない旨を主張する。

(二) しかしながら、この理論が適用されるためには、原告らの居住開始当時横田飛行場周辺が航空機による強大な騒音等に曝されている地域であることが一般的、社会的に認識され、あまねく了承されていたことが必要であり、また、ここでいう認識、了承とは、単に横田飛行場周辺地域が航空機による強大な騒音等に曝されている地域であることが広く一般に知れわたったというだけでは足りず、そのような事実が社会的に認容され、横田飛行場周辺に居住する者は航空機騒音等を受忍すべきであるとの認識が国民一般に浸透し、これが定着することを要するというべきところ、本件においては、そのような事実を認めるに足りる証拠はない。

(三) よって、被告の地域性、先(後)住関係に関する主張は、採用しない。

2  次に、危険への接近について検討する。

(一) 被告は、横田飛行場にジェット戦闘機が頻繁に離着陸するようになった昭和二五年六月以降にその周辺地域に居住を開始した原告らについては、航空機騒音等に曝されることを知悉したうえで居住を開始したというべきであるから、航空機騒音等に基づく損害賠償を請求することは公平に反するとして、危険への接近の法理の適用を主張する。

(二) 確かに、原告らの被っている損害は、前記のとおり、航空機騒音等による心理的、情緒的被害、睡眠妨害、日常生活の妨害等であって、これらのいずれも直接生命、身体に関わるものではないこと(前記のとおり、原告らの主張する身体的被害については、身体的被害に発展する可能性、危険性を有する身体的状態の限度で被害を認めたのであって、身体的被害そのものを認定したわけではない。)を考えれば、原告らが横田飛行場周辺が航空機騒音等に曝される地域であることを認識し、あるいは過失により認識しないで、敢えてそこに居住を開始した場合には、実際の被害が居住開始の際に認識していた航空機騒音等から推測された被害の程度を超えるものであったとか、居住開始後に航空機騒音等の程度が格段に増大したとかいう特段の事情がない限り、このことから直ちに被告の免責を認めるべきではないとしても、その生じた被害につきある限度においては、原告らもこれを受忍すべきものと考えるのが公平の理念に合致するものというべきであろう。

(三) そこで、原告らが横田飛行場周辺が航空機騒音等に曝される地域であることを認識し得た時期について判断するに、昭和三五、三六年ころから横田飛行場周辺の地方自治体や住民が横田飛行場の航空機騒音が耐え難いものであるとして、その規制を求めて被告や米軍に対し、陳情や要請を重ねていたこと、このことが一種の社会問題化し、昭和三九年ころから新聞、雑誌、テレビ等で頻繁に報道されていたこと及び昭和四〇年始めころから米軍のいわゆるる北爆に伴って横田飛行場における航空機の離着陸回数や航空機騒音等が飛躍的に増大したことなどの事実(これらの事実は原告らの自認するところである。)が存在したのであり、これらの事実によれば、遅くとも昭和四〇年には、横田飛行場周辺が恒常的に航空機騒音等の暴露を受ける地域であることが広く知れわたるに至っていたものといわなければならない。

そうすると、昭和四一年一月一日以降に横田飛行場周辺に居住を開始した原告らについては、少なくとも過失により横田飛行場周辺が航空機騒音等に曝される地域であることの認識を欠いていたということになり、また、前記特段の事情に該当する事実も主張していないのであるから、これらの原告らに対しては、危険への接近の法理を適用して、受忍限度の判定をするにあたり、これを斟酌しなければならない。

(四) なお、原告らは、原告らが横田飛行場周辺の地域に居住を開始するに至ったやむを得ない事情として、老人や子供が家族と共に転居してきたこと、婚姻や転職により転居を余義なくされたこと、贈与や相続によって土地を取得したことなどを挙げ、これらの事情を個別に考慮すべきであると主張するが、いずれもそれぞれの利害考量の上なされた選択の結果であるというべきであるから、首都圏における現下の一般的住宅事情の下においても、これらの事情は右法理の適用を排斥する事由には該らないものというべきである。

また、被告は、横田飛行場が地位協定に基づいてアメリカ合衆国に提供された昭和三五年六月以降に居住を開始した原告ら全員が危険への接近の法理の対象となるべきであると主張するが、この時点ですでに横田飛行場周辺が航空機騒音等に曝される地域であることが一般に知られていたと断ずるに足りる事情を認めるべき証拠はないから、右主張は採用しない。

五損害回避のために被告が講じた措置(騒音対策)

1  被告は、被告が損害回避のために措置を講じたこと自体が受忍限度の判断において斟酌されるべきであると主張するが、これらの措置は、原告らの被害の除去、軽減を目的として実施されるものであり、現に効果があがっている限度で評価の対象となされるべき性質のものであるから、受忍限度の判断においても、実際に原告らの被害の緩和に役立つか、あるいはそれに準じた成果をあげている点についてのみ考慮することとする。

2  まず、被告が講じた損害回避措置のうち、騒音用電話機の設置、テレビ受信料の及び住宅工事の助成、移転補償、音源対策についてであるが、前記のとおり、騒音用電話機の設置については、この助成を受けた住民の評価は低く、最近はその設置を求める者もいないのであるから、さしたる効果はないというべきであり、テレビ受信料の助成も受信状態の劣悪さに対する抜本的解決とはいえないのであるから、これらの対策はいずれも受忍限度の判断にあたっては考慮しないこととする。

また、住宅防音工事の助成は、原告らの被害を解消するには至っていないものの、防音室内において一〇デシベル(A)程度の減音効果が認められ、工事の助成を受けた本人またはその家族である原告らは、その限度で被害が軽減されているといえるのであるから、右原告らの受忍限度の判定にあたっては、その点を斟酌するのが相当である。

さらに、移転補償については、その対象が限定されているうえ、移転後に生ずる被害については何の解決にもならないし、また緑地帯等音源対策としての効果も十分なものではないから、これらの措置を斟酌することもできない。

3  被告は、それ以外の措置として、学校、病院等の防音工事、公共用施設に対する障害防止工事、民生安定施設への一般助成、各種交付金の交付等を主張する。

確かに、これらの措置が原告ら横田飛行場周辺住民の福祉の向上に寄与するという効果は否定できないであろうが、そもそもこれらの措置は、原告ら横田飛行場周辺住民が受けている航空機騒音等による被害の救済という目的からすれば、間接的かつ補充的なものというべきであって、可能な限りの対策を尽くしてもなお解消し得ない被害について、これを別の側面から填補するという性質の措置であると解すべきである。

しかるに、被告の現在における対策は、その内容及び効果において、未だ不十分であり、改善の余地が大きいといわなければならないのであるから、この段階において、被告が実施している右学校、病院等の防音工事等の措置を受忍限度の判断要素に組み入れることは相当ではないというべきである。

六本件における受忍限度

1  原告らの被害は、前記のとおり、睡眠妨害、心理的、情緒的被害、身体的被害及び日常生活の妨害であるが、これらの被害の多くは非特異的、間接的かつ主観的なものであって、格別の外形的特徴をともなわず、さらには航空機騒音等との因果関係を具体的に明らかにすることが困難であるために、そのひとつひとつを取り上げてみれば、さしたるものではないとの評価もあり得るかもしれない。

しかしながら、これらの被害は、互いに独立したものではなく、相互に密接に結び付いていることを思いを致す必要がある。すなわち、これらの被害には、睡眠妨害が心理的、情緒的被害を惹起し、これがさらに身体的被害にまで発展したり、日常生活が心理的、情緒的被害を誘発し、あるいはこれを悪化させるといった相互の関係があり(このことは、我々の経験則に照らしても十分に肯認することができるであろう。)、これらの被害を総体として把握するのでなければ、本件における被害の実態に反する結果を招来することになるというべきである。

なお、被告は、原告らが暴露されている騒音の程度は、地下鉄、電車等の交通機関や電気掃除機、電動工事等の道具の使用にともなって発生する騒音と比較しても、さしたるものではないと主張するが、自らの意思に基づいて利用する交通機関や使用する道具による騒音とその意思に関わりなく曝される騒音とを同列に論じることは許されないというべきであるから、右主張は採用しない。

2  右にみたような本件被害の特徴を十分踏まえて、本件における受忍限度の判断に入るが、航空機騒音とこれによって生じる被害との間には、その関係を定量的に記述し得る程度に、厳密な意味での対応関係があるとはいえないものの、騒音が増大するにしたがってこれによる被害も深刻になるという関係は認めることができるのであるから、受忍限度の決定にあたっても、航空機騒音を数量的に示すことができる数値を用いるのが合理的といえよう。

しかしながら、航空機騒音を表す尺度には様々なものがあり、各種関係機関や諸外国が採用する評価方法が一定していないことも、先に述べたとおりであるが、前記航空機騒音に係る環境基準において採用されたW値による評価は、騒音レベル、騒音発生頻度、昼夜における影響度の差異等を総合的に評価し、間欠的に発生する航空機騒音が日常生活の中でどのように感じられているかを捉えようとするもので、この方法は、ICAO(国際民間航空機構)によっても提唱されており(この事実は、前掲甲第一一一号証によって認めることができる。)、現時点における最も信頼性の高い評価方法のひとつであるということができる。そして、横田飛行場周辺の航空機騒音の測定資料等として提出されている証拠の大半がこの方法に従っていることを考えれば、本件における航空機騒音の評価方法としては、このW値による方式を採用するのが最も適切であるというべきである(なお、同じくW値による評価といっても、その中にはいくつかの異なる方法が含まれているが、ここで採用するのは、生活環境整備法四条、施行令八条、同施行規則一条所定の方法である。)。

3  そこで、W値による評価方法に基づいて、本件における受忍限度の検討を進める。

まず、航空機騒音に係る環境基準の性質についてであるが、この基準に示された基準値は、「人の健康を保護し、及び生活環境を保全するうえで維持されることが望ましい基準」(公害対策基本法九条一項)として設定されたものであることからも明らかなように、それ自体は、政府が航空機騒音に対する総合的な施策を進めていくうえで、達成されることが望ましい値を設定し、その指標を示した行政上の指針とでもいうべきものであって、これが直ちに規制基準または許容限度を示すものでないことはもとより、受忍限度を決定付けるものでもないというべきである。しかしながら、ここで設定された基準値は、被告自らが「人の健康を保護し、及び環境を保全する上で維持されることが望ましい基準」として定めたものであるという事実は、受忍限度判断に際しても重視されるべきである。

また、生活環境整備法で住宅防音工事の助成が必要とされる第一種区域として、現在横田飛行場周辺ではW値七五以上の地域が指定されていることは、被告がこのような地域を「航空機の離陸、着陸等のひん繁な実施により生ずる音響に起因する障害が著しい」(同法四条)と認めたことを示すものであり、この事実も考慮されなければならない。

さらに、前記諸外国における飛行場周辺の土地利用の規制に関しては住宅に防音工事を要するとされている基準値はこれをW値に換算すると七五ないし八〇程度であること、前記のとおりW値八五の騒音環境ではPTSが生じるおそれがあるとの指摘があること、その他これまでに述べてきた侵害行為の態様、原告らの受けている被害の性質やその程度等本件に顕れた諸般の事情を総合して考慮したとき、本件における受忍限度を決定づける数量的限界としては、前記類型Ⅰの地域においてはW値七五、類型Ⅱの地域においてはW値八〇との数値を採るのが相当である(類型Ⅱの地域は類型Ⅰの地域に比較して騒音が発生し易いことは明らかであり、このような地域に居住する住民は、ある程度の騒音の発生を容認しているものというべきであるから、本件においても、類型Ⅰの地域に居住する住民よりも受忍限度が高まることはやむを得ないというべきであろう。)。

4  なお、先に述べた住宅防音工事の助成は被害の程度の問題として、危険への接近は当事者間の公平を図る調整原理として、それぞれ受忍限度判断の際に考慮すべき要素であるというべきであるが、これらの事情を考慮したうえで、個々の原告らについて個別の受忍限度を枠付ける数値を設定することは困難であり、またその必要もないと思われるので、ここでは一般的な受忍限度の値のみを示し、住宅防音工事の助成及び危険への接近については、損害額の算出に際に減額事由として斟酌することとする。

第一〇被告の責任

一以上判示してきたとおり、米軍の横田飛行場の使用による航空機騒音等により、原告らに受忍限度を超える航空機騒音等を暴露せしめ、睡眠妨害等の被害を惹起しているにもかかわらず、横田飛行場の設置、管理者たる米軍は、原告らの被害の発生を防止するに足る措置を講じないまま横田飛行場をジェット機等大量の航空機の離着陸に継続的に使用してきたのであるから、横田飛行場の設置、管理には瑕疵があるといわなければならない。

よって、被告は、民特法二条に基づき、原告らに対し、原告らが被った損害を賠償すべき責任がある。

二なお、被告は、米軍及び被告にとって、被害の発生を回避することは、財政的、技術的社会的制約から客観的に不可能であるから、横田飛行場の設置、管理には瑕疵がないと主張する。

しかしながら、被害発生の原因が第三者によって惹き起こされ、かつ管理者が回避措置を講ずる暇がないままに被害が発生したといったような管理者の責任を問うことが著しく公平に反すると認められる事情がある場合であればばもかく、本件においては、そのような事情を認めるに足る証拠はないから、被告の右主張は採用しない。

第一一慰謝料

一前記のとおり、原告らの被害は、飛行場騒音等の増大に従って増加するといえるのであるから、慰謝料額の算定にあたっては、原告らの各居住地域における騒音の程度を基準にするのが合理的であるが、各原告の居住地域における航空機騒音を個別に継続して測定した資料はないので、その騒音の程度は、騒音コンター図に基づいて判断するほかはない。

本件におけるその基本的な資料としては、成立に争いのない甲第一一号証及び乙第一一五号証の新旧二つのコンター図があり、これらの書証によれば、右甲号証は昭和四八年の調査に基づいて、右乙号証は昭和五二年の調査に基づいて、それぞれ作成されたものであることが認められるのであるが、前記のとおり、横田飛行場の航空機騒音の発生回数は昭和四五年ころから昭和四八、四九年ころにかけて急激に低下し、昭和五一、五二年ころ以降は、騒音発生回数、ピークレベルのパワー平均値、W値ともにほぼ安定した傾向にあることからすれば、右乙号証のコンター図のほうが本件対象期間内における航空機騒音の実態をより正確に反映しているということができる。

そして、右乙号証は、W値の算定方法として前記法令所定のW値の算定方法に軍用飛行場の実態に適するよう修正を加えた方法によっている点でも信頼性が高いものといえる。

したがって、原告らの居住地域の騒音の程度の認定に関しては、右乙号証の新コンター図をその資料にすることとする。

二また、原告らの損害が日々発生していると捉えるべきことは前記消滅時効の判断にあたり述べたとおりであるが、原告らの請求が一か月を単位としていることから、慰謝料額の算定にあたっては、一か月を単位として計算することとする。

三1  本件に現れた諸事情を総合して判断した結果、当裁判所が相当と認める一か月あたりの慰謝料額は、次のとおりである。

W値七五以上八〇未満(類型Ⅰの地域のみ) 三〇〇〇円

W値八〇以上八五未満

類型Ⅰの地域 五〇〇〇円

類型Ⅱの地域 四五〇〇円

W値八五以上九〇未満(類型Ⅰ、Ⅱの地域とも) 八〇〇〇円

W値九〇以上(類型Ⅰ、Ⅱの地域とも)一万二〇〇〇円

W値八〇以上八五未満について、類型Ⅱの地域に居住する原告らの慰謝料額を減額したのは、前記受忍限度について述べたのと同じ理由からであるが、W値が八五を超える場合にはPTS発生の危険性も指摘されていることから、W値が八五以上の地域については、類型Ⅰ、Ⅱの地域とも同額とすることとした。

2  減額事由は、前記危険への接近及び住宅防音工事の助成である。

(一) 原告らのうちで昭和四一年一月一日以降受忍限度を超える被害地域での居住を開始した者については、危険への接近の法理の適用により、慰謝料を減額する。その率は、近時の首都圏における住宅事情等も考慮して、一五パーセントとする。

ただし、同日より前に横田飛行場周辺の騒音地域内に居住を開始した原告がその後同騒音地域内に転居した場合については、より騒音の激しい地域に移転したときに限り、減額の対象とするにとどめる。

(二) 原告らのうちで住宅防音工事の助成を受けた者及びこれと同居する者については、防音室数に応じた被害の減少があるものとして(ただし、被害の減少は、必ずしも防音室数に比例するとまではいえない。)、慰謝料を減額する。その率は、防音工事を受けたことによって生ずる空調設備の電気料の負担等を考慮して(原告らの一部の者は、この電気料相当額につき損害の賠償を求めているが、その当否については後述する。)、防音一室の場合は一〇パーセントとし、これに一室増加する毎に五パーセントを加算することとする。

また、前掲甲第一二四六号証によれば、アパート等集合住宅に居住していると考えられる原告が認められないではないが、原告らがこれらの者が住宅防音工事の効果を享受していない旨の積極的な主張や立証を行っていないことからすれば、原告らにこの点を争う意思がないものと認められるから、これらの者の居住する建物に対して防音工事が行われている場合には、減額の対象とすることとする。

四弁護士費用

本件訴訟の難易等諸般の事情を考慮し、弁護士費用としては、原告ら各自の慰謝料認容額の一〇パーセントとするのが相当である(なお、甲第二一八号証は、第一、二次訴訟に関する弁護士報酬契約書であるから、本件訴訟とは無関係である。)。そして、弁護士費用についても、発生と同時に遅滞に陥ったものとして扱うこととする。

五原告らの慰謝料額及び弁護士費用は、これまでに述べてきたような方法によって算出されるものであるが、その基礎となる各原告の居住地やそのW値、地域類型、居住期間、危険への接近の法理の適用の有無、住宅防音工事の実施状況等の要素は別紙損害金目録付表記載のとおりである。そして、それによって算出された各原告の具体的な慰謝料額及び弁護士費用は同目録慰謝料欄及び弁護士費用欄記載のとおりである。

なお、その計算方法としては、本件対象期間の途中で横田飛行場周辺の騒音地域に入居した原告については入居日の翌日から、転出した原告については転出日の前日まで、死亡した原告については死亡日の前日までを慰謝料算定の対象期間とし(ただし、入居日、転出日が明らかでない原告については、それぞれ翌月一日から、前月末日までとした。)、危険への接近の法理の適用及び住宅防音工事の助成による減額の対象となった原告については、騒音地域への入居及び住宅防音工事完成の翌日から減額することとした。

六原告福本道夫、同松本スエ及び同松本件治郎の損害金請求について

前掲甲第一二四六号証によれば、原告福本道夫は昭和三二年一一月一〇日から昭和五〇年四月三日までの間昭島市拝島町四〇七八番地一一、立川市砂川町三七三二番地に居住していたものの、それ以降は昭島市中神町三九三番地、同市つつじが丘三丁目二番三号に居住していること及び同松本スエ及び同松本件治郎は昭和三七年三月から昭和五一年一二月二四日までの間福生市熊川一三一五番地に居住していたものの、それ以降は日野市平山四丁目二〇番地に居住していることが認められる。

ところで、〈証拠〉によれば、昭島市拝島町四〇七八番地一一や立川市砂川町三七三二番地、福生市熊川一三一五番地はW値七五以上の騒音地域であるが、昭島市中神町や同市つつじが丘、日野市平山はこれには該当しないのであるから、原告福本道夫、同松本スエ及び同松本件治郎が横田飛行場周辺の騒音地域に居住していたのは本件対象期間より前であり、その間に発生した右原告らの慰謝料請求権は、すでに述べたとおり、時効により消滅しているものといわなければならない。

よって、右原告三名の慰謝料及び弁護士費用の請求が失当であることは明らかである。

第一二電気料相当損害金

一別紙電気料相当損害金請求債権目録記載の原告らは、防音工事によって支払いを余儀なくされた冷房に要する電気料が横田飛行場の使用に伴って発生する航空機騒音の暴露と相当因果関係のある損害に該るとして、右電気料相当損害金の支払いを求めているが、次に述べるとおり、この請求には理由がなく、棄却を免れないものというべきである。

二確かに、右の電気料は、被告による住宅防音工事の助成を受けた原告らが、夏期の間横田飛行場の使用によって発生する航空機騒音を遮断するため、窓を閉め切った状態にした際に生じる室温の上昇に対処するために冷房装置を作動させるのに要した費用であり、航空機騒音による被害の軽減のために支出したものであるから、航空機騒音の暴露と相当因果関係のある損害ということができるであろうし、このことは、被告が住宅防音工事の際に冷暖房や空調設備を設けることとしていることからも窺うことができる。

しかしながら、〈証拠〉によれば、住宅防音工事の助成についての周知方法としては、説明会や市町村の広報によってこれを行っていたこと、財団法人防衛施設周辺整備協会東京支所が昭島市、福生市、瑞穂町の住民を対象として発行した住宅防音工事についてお知らせと題する案内には、住宅防音工事の内容として壁、天井の遮音及び吸音工事とともに冷暖房器及び換気扇の取り付けが挙げられていながら、補助金としては本工事費、工事雑費、設計監理費、地方事務費の合計額とされているだけで、冷暖房等の使用に必要な費用についての補助は明記されていなかったことが認められ、これらの事実によれば、住宅防音工事の助成の申請の際には、冷房等に要する電気料等の費用は、助成を受けた住民が負担することが当然の前提とされて、手続きが進められていたことが推測されるのである。そして、このように、右費用を住民が負担する旨の合意が一旦成立した以上(たとえ、それが暗黙の合意であったとしても)、後にこの費用を損害として被告に請求することは許されないといわなければならない。

第一三将来の損害賠償請求

一原告ら及び別紙電気料相当損害金請求債権目録記載の原告らは、慰謝料及び弁護士費用並びに電気料相当損害金のうち、本件口頭弁論終結の日の翌日である昭和六三年六月二四日以降の分の支払いをも求めるものであるが、このような将来の給付の訴えについて規定した民訴法二二六条は、当該給付請求権の基礎となるべき事実関係及び法律関係が既に存在し、ただ、これに基づく具体的な給付義務の成立が将来における一定の時期の到来や債権者において立証を必要としないかまたは容易に立証し得る別の一定の事実の発生にかかっているにすぎず、将来具体的な給付義務が成立したときに改めて訴訟により右請求権のすべての要件の存在を立証することを必要としないと考えられるようなものについて、例外的に将来の給付の訴えによる請求を許容した趣旨と解すべきである(前掲最高裁昭和五六年一二月一六日判決参照)。

二ところで、累述するとおり、横田飛行場周辺においては、昭和三〇年代の半ば以降横田飛行場に離着陸する米軍機の騒音に暴露され、昭和五一年四月、昭和五二年一一月の第一、二次訴訟の提起を経て、本件口頭弁論終結時に至るまで、その侵害状態の存在とこれによる損害の発生が継続しており、今後ともほぼ同様の基本的事実関係の継続が予測され、差し当たっては、近い将来において右状況に根本的な変化が生ずることは予測し難い状態であることは否定し難いところである。

しかしながら、如上理由説示中の認定、判示に照らして明らかなとおり、原告ら主張の損害賠償請求の成否及び損害額の認定にあたっては、侵害行為の実態、被害の内容及び程度、受忍限度等につき、複雑、微妙な諸事情の総合的な評価、判断が要求されるところ、今後講じられるべき被告の住宅防音工事等の防音対策上の諸施策の実施状況、原告ら各自に生ずべき種々の生活事情の変化(ちなみに、前掲甲第一二四六号証によれば、本件訴訟が提起された昭和五七年七月二一日から本件口頭弁論が終結した昭和六三年六月二三日までの間に、横田飛行場の航空機騒音等の影響を受ける地域か否かは別として、原告らのうちのおよそ四分の一に及ぶ者が転居していることが認められるのである。)、さらには、容易に予断を許さない国際情勢の変動に応じて起こるべき軍用飛行場としての横田飛行場の使用態様の変化の可能性等将来に残された浮動的要素は決して少なくないことを認めざるを得ないのであって、これら諸諸の事実関係の今後における展開如何によっては、これに対する法的評価にも影響を受けることは避け難いところであるというべきであり、現時点において、原告ら主張の将来における損害賠償請求権の成否及びその内容を一義的に決定することはできないものというほかはない。

したがって、原告らの将来の損害賠償請求は、冒頭掲記の要件を充足すべき適格を欠く不適法なものとして却下を免れないといわなければならない。

第一四結論

以上の次第であるから、原告らの主位的及び予備的差止請求にかかる訴え、原告らの昭和六三年六月二四日以降に生ずべき損害賠償請求及び別紙電気料相当損害金請求債権目録記載の原告らの同日以降に生ずべき電気料等損害金請求にかかる訴えはいずれも却下し、原告福本道夫、同松本スエ及び同松本件治郎を除く原告らの昭和五四年七月二一日以降昭和六三年六月二三日以前に生じた慰謝料等損害賠償請求については一か月あたり別紙損害金目録合計額欄記載の金額の限度で認容し、原告福本道夫、同松本スエ及び同松本件治郎の損害賠償請求及び右三名を除く原告らのその余の損害賠償請求並びに別紙電気料相当損害金請求債権目録記載の原告らの同日以前に生じた電気料等損害金請求はいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を適用し、仮執行宣言は相当でないから付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官落合 威 裁判官加藤謙一 裁判官長久保尚善)

別冊原告らの主張〈省略〉

別冊被告の主張〈省略〉

別冊原告らの主張引用図表〈省略〉

別冊被告の主張引用図表〈省略〉

別紙電気料相当損害金請求債権目録〈省略〉

別表昭和62年10月から同年12月までの騒音測定結果のまとめ〈省略〉

別図騒音発生回数の推移(東京都・一日平均)〈省略〉

付表

原告

番号

原告氏名

居住地

居住期間

W値

地域

類型

慰謝料

基本額

危険への接近

住宅防音工事

(減額率)

1

2

3

4

角谷信行

角谷健志

角谷和子

角谷ツル

昭島市緑町2-27-29

50.5.18~

80

5,000

2(15%) 57.11.21~

5

浅井宣也

同市拝島町4051-130

51.11.5~

85

8,000

2(15%) 54.12.16~

6

浅井亮士

同所

53.8.19~

85

8,000

2(15%) 54.12.16~

7

浅井やす江

同所

51.11.5~

85

8,000

2(15%) 54.12.16~

8

浅井うめ子

同所

24.10.15~

85

8,000

2(15%) 54.12.16~

9

松井うめ子

同市拝島町4051-133

24.2.28~

85

8,000

1(10%) 52.10.1~

10

松井昭光

同所

福生市熊川1688

昭島市拝島町4051-133

28.6.27~

52.10.30~

54.1.8~

85

80

85

8,000

5,000

8,000

1(10%) 52.10.1~

1(10%) 52.10.1~

11

12

福本幸江

福本義和

同市拝島町4078-11

立川市砂川町3732

昭島市拝島町4078-11

(美堀町3-13-1)

32.11.10~

46.8.23~

46.11.13~

90

80

90

12,000

5,000

12,000

1(10%) 52.10.1~

2(15%) 55.11.16~

3(20%) 58.4.1~

14

15

森七郎

森縫子

同市拝島町4051-76

24.10.12~

80

5,000

16

森修一

同所

同市上川原町174

同市拝島町4051-76

27.9.11~

51.11.20~

55.11.17~

80

85

80

5,000

8,000

5,000

17

森美津子

同市上川原町174

同市拝島町4051-76

51.11.20~

55.11.15~

85

80

8,000

5,000

18

木下林平

同市拝島町4051-139

24.11.15~

80

5,000

19

木下弥生

同所

同所

24.11.15~53.7.28(転出)

56.5.29~

80

80

5,000

5,000

20

21

遠藤真弓

遠藤智子

同市拝島町4051-129

51.1.15~

85

8,000

1(10%) 52.10.1~

3(20%) 57.12.1~

22

吉野梅太郎

同市拝島町4051-128

24.9.25~58.6.12(死亡)

85

8,000

1(10%) 53.4.1~

23

吉野久子

同所

24.9.25~

85

8,000

1(10%) 53.4.1~

24

25

海野房次

海野コウ

同市拝島町4051-67

24.10.9~

85

8,000

26

森山孝子

同市拝島町4051-70

40.12.6~

85

8,000

1(10%) 53.8.11~

27

石川妙子

(旧姓峰)

同市拝島町4051-62

38.12.16~62.2.22(転出)

90

12,000

1(10%) 53.3.1~

2(15%) 56.12.22~

28

峰清

同所

24.9.7~

90

12,000

1(10%) 53.3.1~

2(15%) 56.12.22~

29

峰ヨリコ

同所

32.11.23~

90

12,000

1(10%) 53.3.1~

2(15%) 56.12.22~

30

戸塚さやか

昭島市拝島町4051-136

51.10.7~

80

5,000

31

戸塚忍

同所

53.3.17~

80

5,000

32

戸塚誠一

同所

47.4.27~

80

5,000

33

戸塚幸子

同所

48.10.12~

80

5,000

34

35

戸塚芳哉

戸塚きよ

同所

24.10.8~

80

5,000

以下、原告番号605番まで省略。

損害金目録

原告

番号

原告氏名

慰謝料

弁護士費用

合計額

対象期間

1

2

3

4

角谷信行

角谷健志

角谷和子

角谷ツル

4,250

3,500

425

350

4,675

3,850

~57.11.20

57.11.21~

5

6

7

浅井宣也

浅井亮士

浅井やす江

6,800

5,600

680

560

7,480

6,160

~54.12.15

54.12.16~

8

浅井うめ子

8,000

6,800

800

680

8,800

7,480

~54.12.15

54.12.16~

9

松井うめ子

7,200

720

7,920

10

松井昭光

6,000

600

6,600

11

12

福本幸江

福本義和

9,000

8,400

7,800

900

840

780

9,900

9,240

8,580

~55.11.15

55.11.16~58.3.31

58.4.1~

14

15

森七郎

森縫子

5,000

500

5,500

16

森修一

6,800

4,250

680

425

7,480

4,675

~55.11.16

55.11.17~

17

森美津子

6,800

4,250

680

425

7,480

4,675

~55.11.14

55.11.15~

18

木下林平

5,000

500

5,500

19

木下弥生

4,250

425

4,675

56.5.30~

20

21

遠藤真弓

遠藤智子

6,000

5,200

600

520

6,600

5,720

~57.11.30

57.12.1~

22

吉野梅太郎

7,200

720

7,920

~58.6.11

23

吉野久子

7,200

720

7,920

24

25

海野房次

海野コウ

8,000

800

8,800

26

森山孝子

7,200

720

7,920

27

石川妙子

(旧姓峰)

10,800

10,200

1,080

1,020

11,880

11,220

~56.12.21

56.12.22~62.2.21

28

29

峰清

峰ヨリコ

10,800

10,200

1,080

1,020

11,880

11,220

~56.12.21

56.12.22~

30

31

32

33

戸塚さやか

戸塚忍

戸塚誠一

戸塚幸子

4,250

425

4,675

34

35

戸塚芳哉

戸塚きよ

5,000

500

5,500

以下、原告番号605番まで省略。

・ 慰謝料、弁護士費用及び合計額欄記載の金額は、いずれも一か月あたりの額(円、ただし、一円未満は切捨て)とし、同一の枠内の原告については共通。

・ 上記各金額算出の基礎となる諸事情は、別紙付表記載のとおり。

・ 騒音地域に居住する原告が、より騒音の激しい地域あるいはより騒音の低い地域に移転した場合、移転日についてはより額の少ない地域に属するものとして扱う。

・ 対象期間につき始期、終期が示されていない場合、始期は昭和54年7月21日、終期は昭和63年6月23日とする。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例